1月22日夜、東京では雪が降り続けました。
この写真は、渋谷公園通り、建て替え中のパルコ前のスクランブル交差点です。18時30分ぐらいですが、まったく車がいません。人もまばらですが、こんな風景に遭遇することはまずありません。
雪かきをすると筋肉痛になるなのは、なぜ?
翌23日の朝は、どこもかしこも雪化粧どころか、道路は雪が積もっていて、普通には歩けません。
うちの前の道も積もっていたので、出勤前に雪かきです。
雪国の人はそうでもないかもしれませんが、首都圏で雪かきをする人は、大なり小なり筋肉痛になったり、腰を痛めたりするといいます。
これって、どうしてなんでしょうか。
慣れない動作を繰り返し、普段使わない筋肉を長時間使えば、誰だって筋肉痛になるのは当たり前です。それだけではなくて、私は“踏ん張れないから、一部の筋肉に過負荷がかかる”のでは、と思っています。違う言い方をすると、踏ん張らずに力を使うことに慣れていないから、体の一部分への負担が大きくなるのではないか、と想像しています。
使っていない筋肉は、無駄な筋肉ではないはずです。便利な生活でどんどん使わなくなっているだけで、使わなければ固着したり硬くなったりして人間本来の動作を妨げてしまうのかもしれません。
だから普段使っていない筋肉を、使う機会があるのはとてもいい。でも一部の筋肉に過負荷がかかって痛めてしまったり、作業効率が悪くなるのは困りものです。
合気道は、踏ん張らない体の使い方・力の及ぼし方
養神館合気道では、投げたあとの残心などでは足を大きく開いて、後ろ足の親指で畳を噛むようにしたりします。でも残心以前の技の動作では、通常、歩幅は狭いのです。
狭いだけではなく踏ん張ったりはしていません。もちろん足は土台なので、しっかり立つ必要はありますが、親指付け根の拇指球のあたりに重心を落としたりします。
武道では「居着く」という言葉がよく出てきますが、メンタル面を除けば、自分で重心をコントロールして素早く動けない状態が「居着く」だと私は思っています。
そうだとすれば踏ん張っているのは、分かりやすく、まさに居着いた状態。
歩幅が狭く、踏ん張っていないけれども、しっかりと立てていなければ、拠り所を探そうとします。雪道を歩いていて、足元が滑ってあたふたしているような状態。これも自分で重心をコントロールできない状態ですが、こちらは居着くというより「崩されている」とか「合気がかかっている」に近いのかもしれません。
養神館合気道で中心力を養うのは、相手に力を及ぼすための力のラインを作ると同時に、居着いてしまったり簡単に崩されたりしないようにしているのだと思います。
全身で動くのだけれども、どういう体勢からでも無理のない力のラインが作れれば、どこかに過負荷がかかることはない。だから雪かきをしても、ひどい筋肉痛になることはない!
はずなんですが、私程度の練度では筋肉痛になります(笑)
実際は、それほどひどい筋肉痛にはなりませんでした。
雪道を歩くのも不安定な足元で、居着かないようにバランス良く歩けば、普段使えていない筋肉を鍛えられる。だから雪かきも雪道を歩くのも、いいトレーニングになるんじゃないかと思います。
万が一転んだとしても、合気道をやっていれば受身をとれます(笑)
不安定だから全身をつかいこなせる
過日、甲野善紀先生の講習会に出たときのこと。小さなバランスボードが二つが置いてありました。こんな感じのタイプです。
二つのボードにそれぞれの足を乗せ、立ちます。その上で、合気道でいうところの諸手持ちをされます。これを振りほどくというのです。
私もやってみました。
まず立つことが大変かなと思っていたら、そうでもありません。足元が不安定だから拇指球の一点に重みを落とすとか、そんなことはできません。腰は落ちているけれども、むしろ天からスカイフックで吊られているイメージでやれば、それほど大変ではありませんでした。
これで振りほどけるかといえば、それが意外なほど簡単なんです。ちょっと驚きます。
自分が立っている人の腕を両手で掴み、振りほどかられるとなんとなく分かりました。力の出所が分からないのです。持ったところにも、力みを感じられないのです。
不安定な足場に立つと、力んで一部分を使うことができない。全身を動員して、少しずつ力を出すということだと思うのですが、だから力の出所を察知することができない。
力の出し方は多種多様にあるのです。相手の反射を引き出すとか、頭や胸の重みを使うとか、いくらでもあります。足裏からの反力を通せば、大きな力を伝えられる。
ただどこも力まずに、全身に少しずつ仕事をさせるトレーニングとしては、優れていると思います。
雪かきでは、スコップを入れる角度などもあり、そこまでどこも力まずにはできないと思いますが、工夫はできますよね。
そんなことを考えながら、雪かきをしていました。
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