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演武のススメ、というかイニシエーション


第68回養神館合気道総合演武大会 精晟会渋谷の演武から1

10月28日土曜日、四年ぶりに養神館合気道の総合演武大会が開催されました。

私は毎年、やってくれ〜と思っていたので、おお嬉しいと思う反面、これは大変だと焦りました。


なぜ、やって欲しかったかといえば、会員に演武大会を経験して欲しかったから。

なぜ焦ったかというと、演武をしたことのない会員が多いから。

矛盾していますが、つまりは準備が大変だということです。


演武大会に出たことのある人は「あの緊張感は、他にない。またあの緊張感の中で演武したい」と言っていました。

今回初めて出た人は、終わった後の稽古で「あれは独特。1回は経験した方がいいよ」と出場しなかった人に力説していました。


演武大会を経験した人は、皆似たようなことを言うのです。


第68回養神館合気道総合演武大会 精晟会渋谷の演武から2



演武大会の何がそんなに独特なのか


ちょっと緊張感については、後回しにします。


大会となると、私にとっては特別な機会です。それは養神館の演武大会でしか会えない人と、会えるからです。あなたにだって関係のない話ではなく、何年も出続けていれば、似たようなことは起こると思います。



ロサンゼルスからいらっしゃって、指導者演武に出場された方がいます。

SNSで交流があるのですが、今回初めてお会いしました。テンションが高い人で驚いていたのですが、その演武もテンションが高くて、笑ってしまいました。見せるという点で、とても参考になりました。

YouTubeにアップした精晟会渋谷の演武動画のエンディングに映っていますが、ここでもテンション高いです。映像は演武が終わった直後なので、私はタジタジでした(笑)


ほかにも会いに来てくれた人の中に、養神館の演武大会がなければ会えない人がいました。

私は他流出身ですが、そのときに一緒に稽古していた人です。たぶん、そのころ彼は高校生。大学生になって、大学の合気道部に入り、剣術もやる流派になったのです。足使いが違うからか、道場はやめてしまいました。


それが数年前の養神館の演武大会で、声をかけてきました。

私は驚いて「なんで君がここにいるの!?」と聞くと、「上司の演武を見にきたんです」と言います。詳しくは書きませんが、養神館に詳しい人ならピンと来るかと思います。

ともかく三流派を渡り歩いているのです。


今回は、指導者演武の受で来たそうです。どの団体だよと聞くと、プログラムを指さして「このへんは、みんなうちの会社です」と言います。知らない団体だなあと思っていた一群だったので、目が丸くなりました。

情報として貴重ですが、それよりも合気道によって彼がどうなっていくのか、とても興味があります。





精晟会渋谷の会員で、近々指導者資格審査を受ける人たちがいます。審査を受けるには、その前に講習会を受講する必要があります。

その講習会に、精晟会系の道場の高校生の女の子が来ていたそうです。なんでも三段だとか。いや、高校生で三段? しかも指導者資格を受験する?

私はその子のお母さんを知っています。お母さんが道場をやっているのです。


たぶん小さな頃から合気道をやっているんだろうけど、それにしても無理があるんじゃないの。そう思っていました。ところが今回の大会でその子の演武を見て、これは上手だわ。なるほど、指導者資格を受けたっていいよねと思いました。


そのあと、その子とお母さんに会ったので、聞いてみると指導者資格審査に合格したとのこと。しかも、しっかりしています。年齢を聞いて判断するのは、先入観だな。認知バイアス、偏見だなと、ちょっと反省しました。


第68回養神館合気道総合演武大会 精晟会渋谷の演武から3


演武大会で演武するというのは、そういう効果もあります。疑いの目で見る者も、納得させてしまうこともできる。

もちろん、その逆もあるわけですけど。大勢の前で演武する。多くの目に晒されるということは、評価されてしまうということです。


そんな演武大会に出ないということは、プラスにもマイナスにも評価もされないのですから、存在しないのと同じです。





通過儀礼としての演武大会


緊張ということでいえば、昇級昇段審査もそうです。以前に、こんな記事を書きました。


審査は緊張するけれども、お約束です。だからコントロールする対象は、自分自身。

大袈裟な話ではないですが、心と身体の制御は、自分自身の問題でしかありません。それが、本番わずか10数分間の課題ですから、自分をコントロールすることの入り口、入門編としては、とても良くないですか?


みたいなことを書きました。

審査は、同じ道場内の人たちの前でするもの。普通は、見知らぬ顔はいません。


第68回養神館合気道総合演武大会 精晟会渋谷の演武から4

でも養神館の演武大会となると、ほとんどは見知らぬ人たちが観客です。皆さん演武をするために、そして他の団体の演武を見るために、はるばる全国からやってきているのです。海外から来ている人もいます。

だから衆目に晒されるレベルが違います。



そんなことを意識すると、緊張感が爆上がりします。

でも実際には、一人ひとり見ている人なんて、どこにもいませんから。

初めて出場して凝視されるようなことは、あるわけがありません。意識しなくても、だんだん会場の雰囲気に飲まれていくんですよね。どんどん、自意識が肥大します。そこをどうコントロールするか、ですよね。


コントロールできなかったとしても、いままでにない緊張感を経験することで、経験値として達成感が生まれるし、上手く出来たと思えば自信につながります。



それに凝視はされなくても、仮に誰にも見られていなくても、養神館の他の人たちから、それなりに認められるようになります。数回も出場すれば、あの緊張感を何度も経験したんだねと。

稽古でどれだけ凄いことを言っていても、演武大会に出ていなければ、道場内の少人数の村に引きこもっているのと同じです。

遠方の道場は別にして、出場していない道場は存在していないのと同じ。




実は今年、養神館本部の道場長に、そして最高師範に木村孝師範が就任されました。

木村先生は、元々警視庁の方で、警視庁師範を務められていたそうです。だから、警視庁以外の養神館の人たちにとっては、ほぼ知らなかった存在です。

今回の演武大会では、とても注目されていたはずです。





道場長にとっての通過儀礼


イニシエーションという言葉は、ビジネス用語としてはグループイニシエーションとタスクイニシエーションがあるそうです。

ざっくり言うと前者は主に新入社員が、集団の一員として受け入れられるかどうか。後者は、業務の遂行などで周囲に信頼されるかどうか、ということだそうです。



木村最高師範は、特別講習会と、最後の説明演武を行われました。

失礼な言い方で申し訳ないですが、最高師範にとっての通過儀礼だったと思います。言葉を選ばなくても、多くの人たちが、特に高段者の皆さんが僭越を承知でそんな視線で見ていたと思います。




昼の休憩のあとに行われた特別講習会。

大人の大会参加者は誰でも受けられるので、精晟会渋谷の会員も何人も走って行きました。畳の上は満員で、混み合っています。私は観客席から見ていましたが、遠すぎるし、人の壁で何が行われているのかまでは分かりません。最高師範の声は、マイクで拡声されています。


「〇〇さんが、道場長を投げたみたいだ」と、ビデオカメラを回していた人が言いました。

後で映像を見せてもらいましたが、やはり人の壁で詳細まで分かりません。講習会が終わり、〇〇さんが戻ってきたので聞きました。


「道場長を投げたって?」 そう聞くと、みるみる目に涙が溜まってきました。

「なな、なんで泣くんだよ」「んうん、何が起こったのか分かりません」という会話。彼女は、入会して1年も経たない若い女性です。きっと驚いちゃったんですね。

その後も誰かからこの話題をふられると、その度に、うるうるしています。うちでは、道場長を投げた女と言われています(笑)





大会最後の説明演武。

これは大会参加者が、畳の脇まで行って見ることができます。私は観客席から見ていましたが、とても良かった。塩田剛三先生から教えられたことも、お話されていました。

私はいち早く良かったよと発信しようと、その場でポストしました。


これが塩田剛三先生の技かという意見もあるでしょうけど、世間で言われている塩田剛三先生の技はどうなんでしょうか。

流派トップの説明演武で、「養神館合気道技術全集」に出てくるまんまを見せられても、どうかなと思います。もちろん初心者向けにはいいと思いますが。


今まで見た説明演武では、演武の内容よりも性格の悪さが伝わってきて、大丈夫か養神館はと思ったことも、正直ありました。性格の悪さを感じる演武って、めったにありません。例外中の例外です。


音声を出して聞いていただければ、伝わると思いますが、木村最高師範はとてもフレンドリー。私は大成功だったと思います。





とても緊張していた私


僭越なことを言っている私がどうだったかと言えば、どうした?と思うぐらい緊張していました。


剣対杖と剣取りでの演武ですから、コロナ禍でずっとやっていたことです。

とはいえ、大会用の稽古として通してやっていなかったのです。大会三日前に初めて通してやったところ、なんと4分以上かかっていることが分かりました。演武は3分の設定です。最初に杖取りをやるつもりだったのですが、まるごと取りやめました。剣取りも短めにしました。


そんなことがあって、まったくの準備不足・・・ えーっと、いや嘘です。

コロナ前までは、市の大会など年に3回ほど演武をしていたのですが、4年間まったく演武をしていなかったのです。

要するに慣れが重要。ブランクがあると、それがなくなってしまうというということかもしれません。


私の課題としては、緊張していても自動的に動けるかどうか、なのかもしれません。




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