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合気道のむすぶ・結びとは? どなたからも具体的な説明はないみたい



今回も合気道の用語です。

養神館ではまず聞かない言葉ですが、さまざまな合気道を紹介する雑誌や書籍、ウェブサイトや動画等で「むすぶ」「結び」「気の結び」が出てきます。ところが詳しい説明は、ほぼ見たことがありません。


詳しく説明しようとすればするほど、理屈で考えれば考えるほど、本質とはかけ離れてしまう概念はあると思います。それでもただただ「結ぶ」とか「むすび」とかいう言葉だけを使っているのでは、呪文と同じです。


私自身は稽古のときに「むすぶ」等の言葉は使いませんが、概念的にはとても役立つと思っています。ひとつは骨格的につながる。意識の上でつながる。イメージ的にむすぶ。等の三つに大別できると思います。骨格的には分かりやすいし実感できますが、あとは説明として使っていいのかどうか、躊躇します。


教えられたことはないですし、それだけではなく、植芝盛平先生は技の方法ではなく、もっと上位概念的なことをおっしゃっていたのではないかと思います。

少なくとも植芝盛平先生が、何をもとに「むすび」とおっしゃっていたかはハッキリしています。

それは『古事記』です。



となれば説明できなくはないはずですが、私が知る限り直弟子の先生方で、書籍で「むすび」にそれなりに言及されているのはお二人だけです。


おひとりは藤平光一先生です。「合気道の気って何? どうにも統一見解はなさそうな気配」にも書きましたが、植芝盛平先生の合気道は「人の気に合わせる道」に対して、藤平光一先生「天地の氣に合する道」だという解釈です。


『中村天風と植芝盛平』から抜粋します。


氣という言葉、特に氣払いだとか結びだとかいう言葉を、植芝先生はよく使っていた。ただ、そのときに先生が言っていた気は、私にとっては決して納得できるではなかった。
氣払いというのは、 「えいっ」と気を払ったということである。つまり植芝先生が気を払えるということだ。 それは私にもわかる。
では次に結びだが、こちらは剣を使い、天とを結ぶのだという。
先生は「えいっ」と掛け声をかけ、これで氣が結べたとおっしゃる。しかしなぜそれで気が結ばれたことになるのか、皆目わからなかったのだ。
(中略)
たとえば後に私は戦地で八十人の兵隊を預かっていたが、いくらなんでも八十人もの兵士すべての氣に合わせ切れるものではない。人によってそれぞれ違うし、全員に特徴がある。
そのうちの八人だけでもかかってくれば、その八人それぞれが違うのだ。一瞬の戦いのなかで、それぞれ別個に気を合わせていくことなど、本当にできるのだろうか?
やがて私は、天地が一つであることに気がついた。つまり、氣を天地に合わせるだけという、たった一つの方法でよかったのだ。
なぜなら人間は、天地と対立するものではなく、天地の氣の一部なのである。それなの になぜ、わざわざ相対して結ばなければならないのか? そんな必要はない。
先生が結び、氣払いと言ったために、今ではだれも本当の氣のことがわからなくなってしまったということだ。

「人の気に合わせる道」ではなく「天地の氣に合する道」だという藤平光一先生のお考えは理解できます。しかし氣を理解することと、結びや払いは関係ないとおっしゃっているのか、それとも結びや払いは意味がないということなのかが分かりません。


ともあれ、結びも払い(祓だとすれば)も神道の言葉。そこから探らないと、何にも始まりません。




合気道は日本的世界観の武術的表現


『植芝盛平と合気道』に奥村繁信先生のインタビューが掲載されています。「むすび」について、説明的なことを語られている直弟子の方は、奥村繁信先生だけじゃないかと思います。

奥村繁信先生は、3歳のときに満州に渡られ、大学も満州。国立の満州建国大学では、剣道、柔道、合気道の三つが必須単位で、富木謙治先生が教えられ、毎年秋には植芝先生がいらっしゃって指導されたそうです。


抜粋します。


だけど合気道とは何ですかと聞かれればね、「日本的世界観」の武術的表現、これが今の合気道であると思う。「日本的世界観」とは、一言で言えば「むすび」ということになる。
これは詩の世界になれば、和歌になったり俳句になったりします。日本の心が武術的に表現されたのが、合気道の技です。日本の心。だから外国の人に、もっと「日本の心」を勉強していただきたいと思いますね。


おお、なんか素晴らしい。確かに文化的側面でいえば「むすび」は日本独自の世界観だと言えるかもしれません。

しかし大きなコンセプトにうなずいても、もう少し解像度をあげると、どうでしょうか。

続いて引用します。


大木と技の関係のような、そういう発想をする。だから日本人は、死ぬまで会社に忠誠心をもって働くわけだ。また、日本の会社は最後まで職員の面倒をみるんです。分身分霊という言葉があるでしょう、いつも全の個なんです。個じゃなくてね。そういう発想がある。
合気道では「中心」ということを非常にやかましく言うんです。もとを忘れないこと、ルーツね。というのは、円運動が多いからね。円というのは中心が動いたら、フラフラして安定しないでしょ。 だから一度中心を決めたら、どんなにまわっても軸足は動かさない、中心は動かさない、やっぱり日本的な物の見方、求心思考が技に表現されると、合気道の技になると思います。今の日本の高度成長の原動力と、合気の技の、もとの発想は一つだと思います。やっぱり「むすび」の精神なんだよね、日本的世界観なのです。

中心はともかくとして、これに納得するのは、かなり高齢の人だけではないかと思います。いや高齢者だって、納得するかどうか。どこにそんな会社があるんだよと。


「むすび」の世界観と合気道の技を同一視されるところは、なるほどと思うものの、日本的な組織と働く人の心情や経済成長まで一緒にされるのは、どうでしょうか。高度成長期の価値観と、現在の価値観とではちがい過ぎます。

あくまでその時代背景から来る、奥村繁信先生の心情が一致したということでしょう。


さらに続けます。


やはりね、大先生は大本教でしたから、神道のイデオロギーが非常に強いんです。神道のイデオロギーというのは、一言で言えば「むすび」ということです。そういう理論でもって植芝先生は合気道を説くわけです。だから大先生の話を聞くと、全部神様の話ばかりですよ。日本の古典の古事記を読まない人は先生の言っていることがピンと来ないわけです。
「むすび」を漢字で書くと和合とか和とか統一になる。「むすび」と言う言葉には色々な意味があ る。例えば、紐をむすぶとか、結婚するのもむすばれるというでしょ。最後のことも「むすびの一番」 なんていう。「むす」というのは、ものを生成化育してクリエイトしていくという事。「ひ」というのは魂でしょ。だから創造化育する聖霊という意味だ。これから子供を生む人のことをむすめと呼ぶ。生成力ある女性ということでね。電燈のことも「ひ」、太陽のことも 「ひ」、火のことも 「ひ」でし よ。 それから聖霊も「ひ」ね。そういう神聖なものはみな「ひ」というんです。だから人間のことも 「ひと」と言う。その聖霊をとどめているんです。そういう具合に、古い言葉には魂が残っている。 そういう「むすび」 の理論を植芝先生は説いているわけです。この「むすび」を今の人に分かるような漢字に直すと、「和合」ということだ。中国から来た漢字を使えば和合だが、日本の言葉を使うと「むすび」なのです。

「むすび」について、古事記で使われている意味を解釈すると、こういうことだと思います。奥村繁信先生の説明は、言霊(コトダマ)が中心ですが、植芝盛平先生のおっしゃったことを記録した『武産合気』でも言霊についてのお話が多いです。

しかし、古事記を読めば「植芝盛平先生のおっしゃったことがピンと来る」かどうか。



植芝盛平先生は終生大本教を信仰されていましたし、合気道に神道的価値観が大きく影響しているのは間違いないものの、それは合気道だけのものかというと、そうでもなさそうです。やはり時代背景が大きく関係していると思われます。

これを正確に言おうとすると、神道ではなく古神道。いや古神道というのも、大本教も含め、明治期に昔の行法はこうだったと復興されたものばかりのはずです。


このあたりは、古武術という言葉と同じで、いつの時代のあり方を継承しているのかというと、なかなか根拠を示すことはできないのと似ています。



ともあれ前述の通り、私の知る限り直弟子の方で「むすび」に言及されているのはお二人だけ。それも実質的には奥村繁信先生だけなので、ここからは神道・古神道における「むすび」の解釈を探っていきます。




日本語を遡れば神道的価値観がわかる


『日本語と神道』という本があります。著者は神社本庁教学研究室長を務められ、出版当時、國學院大学神道文化部の助教授で宮司でもあったので、いわゆる古神道の立場ではないと考えられます。


この本は、日本語のルーツが神道世界につながっていることがすんなり見えてくる良書だと思います。

「息子・娘に秘められた意味」から引用します。


親は子供たちのことを息子・娘という。どうしてなのだろうか。このことばは「むす・こ」「むす・め」と分解でき、「むす」とは、「生す」や「産す」の字が当てられ、発生する、うまれる、はえるとの意である。苔むす、草むすといえば、その語感がよくわかる。「こ」とは、子供、小さい者、親愛なる者の意で、子・児の字が当てられる。男子に限ることばではないが、「むすこ」といえば、男子を示す。「め」とは、お(男)に対する語で、女性を示し、女・雌・妻などの字が当てられる。
現代の私たちは、男女の結婚、生殖行為によって子供が生まれてくると、あたり前に思っているが、「むす」という日本語からはそのような語感はまったく伝わってこない。自然に発生する、どこからか生まれてくるといった感じである。
春になり、慈雨がしたたると、万物が一斉に芽吹き、自然の胎動が始まる。その根本の力を古代人はむすひ(産霊)と表現してきた。 万物を生みなす霊力のことで、このはたらきによって、植物も動物も、人間さえも生まれてくると考えていた。

開祖の解釈に迫るには、「むす」に「生す」や「産す」の字が当てられたこと、そして意味としては

“生殖行為によって子供が生まれてくると、あたり前に思っているが、「むす」という日本語からはそのような語感はまったく伝わってこない”ことが重要だと思います。


私は「合気道の気って何? どうにも統一見解はなさそうな気配」 で、開祖の「合気はこのナギナミニ尊の島生み神生みに基礎を置いて」に対して、「これが氣の交流だから学べと言われても、ちょっとなぁと感じてしまいます。民俗学的には、兄妹相姦とされる道祖神の伝承と類似すると言われているそうです」と書いていますが、もちろん開祖が生殖行為をおっしゃりたかったとは思っていません(笑)


ただ「むす」、自然に発生すると捉えると、武産合気にはつながっても、氣の交流になるのでしょうか。




神道は言挙げせず


こちらは古神道を伝承し、発展させたという宗教法人山陰神道の管長が書かれた『神道の神秘 - 古神道の思想と行法』です。


神道古神道の全体像について平易に書かれていて、とても読みやすい本です。

引用します。


教祖がいなければ、教祖の教訓を体系化した教義もない。従って、神道全般にわたるドグマや絶対律もない。
神道が大切な拠りどころとする 『古事記』『日本書紀』も、教義を記した聖典ではない。 そこには史実・神話・神学が渾然としており、政治的歪曲、文学的装飾もある。 充分注意して読解しなければならないものであり、一字一句が聖なるものであるわけではないのである。また、神道家の著わした著作も、神道全体の教義書ではない。
神社の祭式にも「清め」「祓い」の思想があるが、それは教義ではない。 神道思想家の 言う「敬神・祟祖」や「清明・正直」も教義とは言えない。 また、山陰神道に伝わる 「一霊四魂」の哲理も、「教義」ではない。
スイスのジュネーブ大学教授であったジャン・エルペールは、日本に長く滞在し、 神道を深く研究した学者であった。 私はこの研究に六年間奉仕して、研究を助けた。博士はその最終報告の講演で、次のように言った。
「私は千人の神主・神道家に会ったが、同じ言葉を聞くことがなかった。 神道は同一のパターンで話さない。話す必要もなければ、話すことを義務づけられてもいない」と。
これはキリスト教の西洋から見れば、とんでもない話かもしれない。 キリスト教は「一つの神、一つの教え」を標榜し、聖書や公教要理といった言葉の教義を重要視する。すべてがきちんと言葉になっていなければならない。一人前の信者ならそれを知り、受け入れていなければならない。世界中どこへ行っても教会や信者からは同じ言葉が聞けるのが建前である。
神道にはそんな定型はない。 神道家はそれぞれ異なる観察眼で大自然を見語るので、 その説く哲理はばらばら、不一致である。むしろ教理というようなものは語りたがらない 神道家が多い。
「神道は言挙げせず」という言い方がある。 言葉を連ねて縷々述べること、それを絶対のように祭り上げることを、嫌うのである。

これは神道というより、古神道的見解と言えるのかもしれません。

それでは、ムスビの思想について書かれてあるところを引用します。


「ムスビ」とは「結び」であるが、『日本書紀』には「産霊」、『古事記』には「産巣日」と書いて、ともに「ムスビ」と読ませている。また、宇宙創造神である天之御中主神に続いて登場する二柱の神を 「タカミムスビ・カミムスビ」と申し上げる。「ムスビ」ということがきわめて深い霊的な意味を持っていたことを窺わせる。
「ムス」は、「蒸す」や「醸」という漢字が当てられ、発酵の意にも使われる。 発酵によって米や麦が酒というまったく異なるものに変成することを指している。また、「苔むす」のように、岩肌から植物が突然のように生じてくることも指す。
「ヒ」は前にも触れたように、生命の根源の「火」であり、「霊」である。
つまり、「ムスビ」とは、生命・霊が殖え生まれることを意味するものである。男女の「むすび」もまた生命・霊魂の繁殖であって、生まれた子供を 「ムスコムスメ」と呼ぶ。
神道では、この生命的・霊的な生産を「ムスビ」と呼び、これをたいへん重要視する。
いわば神道は「生産宗教」なのである。これを個人の霊魂に当てはめれば、それぞれの内奥にある「直日霊」を生成化育し、強く大きなものにしていくことが 「ムスビ」である。 それは第一には「身体的生産」つまり健康管理であり、第二には「精神的生産」つまり心の成長であり、第三には「霊的生産」つまり霊魂の浄化である。
つまるところ、神道では、「生成化育」「生成発展」を妨げるものを悪とし、助けるものを善とする。罪を教条的に定めたり、厳しい戒を課したりするのではなく、人生を明るく捉えて、歪みのない、朗らかな生き方を勧めるのである。

それぞれの内奥にある「直日霊(なおひのみたま)」とは、宇宙創造の神から分け与えられた「神の分霊であり、植物の芽のようなもの」とあります。で、その直日霊を生成化育し、強く大きくすることが「ムスビ」であると。


定型はないということですし、著者の解釈が神道古神道を代表するものなのかどうかは、分かりません。ただそういう解釈だと、開祖のおっしゃる「むすび」は、魂を強く大きくすることでは共通しても、気結びは造語ということになります。

もちろん造語でもいいのですが、古神道的な立場からは遠い、植芝盛平先生独自の解釈になってくるのかもしれません。




日本の神話構造のいちばん奥にあるものがムスビ


博覧強記の読書家として有名な松岡正剛氏の講義が、『連塾 -方法日本』という三冊の書籍にまとめられています。松岡正剛さんの一番新しい肩書きは、角川武蔵野ミュージアム館長です。


『連塾 -方法日本』の1冊目は「神仏たちの秘密」。ここに、「ムスビとオトズレ」についての言及があります。


引用します。


日本では結び目のことを「ムスビ」と言いますね。
もともとは「産霊」と綴りました。 「ムス」は「産ス」と書きます。ビは「ヒ」のことで、 すなわち霊のこと、スピリットのことです(ちなみに「霊」がスピリットで、「魂」はソウルです)。 「ムス」はご飯を蒸すとかおまんじゅうを蒸すばあいのムスと同じで、苔のむすまでの「ムス」 とも同じです。そこに十分の時が熟しているんですね。 ギリシア哲学では「生成(ピュシス)」と言われているものです。
ですから「ムスビ」というのは、何かがいよいよ生まれる状態になっていることをさしている。ただし、ここが日本のおもしろいところなんですが、このとき必ず生まれた出所を伏せるんです。何かが生まれたことを、そのままあからさまにしない。そのかわり、何か熨斗のようなものを付けて、結び目をつくって、何か大事な出現があることを暗示する。 結び目があるの で何かが生まれたのだということは、わかるようになっているんですね。
いまでも、水引のついた祝い袋や祝い物をけっこう見かけますが、あの水引の結びも、内なるものを伏せたことを暗示しているわけです。それがどういう結び目になっているかというこ書べた書物を見かけますが あの水引の結びも、内なるものを伏せたことを暗示しているわけです。それがどういう結び目になっているかということで、「あ、あそこの娘さん、おめでたがあったんや」ということがわかるようになっていた。 あるいは、そこに添えられているお菓子でわかるようになっていた。そのように、おもてだっては言わないけれど、何かを結ぶことで隠された情報を暗示していたわけです。
さて、日本の神話構造のいちばん奥にあるものが、この「ムスビ」でした。というのも、タカミムスビとかカミムスビという、ムスビの神々が日本神話の最初の最初に登場しているからです。


出どころを伏せ、言葉ではなく、結び目で出現を暗示する。面白いです。

そもそも留めずに結ぶという行為は、日本独自の文化かもしれません。


ではムスビがどうやって起こるか。オトズレへと展開します。

途中は省きますが、引用を続けます。



ムスビはどのようにおこるかというと、たいていは目立った一本の木が選ばれます。これは依代です。「依る」は「そこへ依って来る」という意味で、「代」はエージェント=代わりという意味です。日本ではつねにこの「代」が大事で、何の代わりかというと、ここでは神様の代わりということなんですね。
日本の神というのは、実体をもっていません。ごくまれに神像をつくることもありますが、それは仏教の影響であとから作られたものであって、めったにつくらない。今日も会場には鎌倉八幡宮の吉田宮司や大宰府天満宮西高辻さんがお見えですが、神の実体というのはわかったようでわからないものですよね。ミアレするものです。おとづれるものです。そのかわりエージェント、代わりをするものはいっぱいある。その代表的なものが木ですが、岩や山も依代になるし、何もなければ柱やポールのようなものを立てて、それを依代にします。これが各地のお祭りに立つ梵天とか左義長です。
依代が決まると、そこに界を結び、御幣を飾り、注連縄を張る。そして結界を印すための四 囲四方の目印の木を決める。結界の境目に立てる木なので、これを境木といいます。いまは「榊」と書きますが、じつはこの漢字は中国にはないもので、日本の国字です。日本はこういう漢字をもっと作ったほうがいいですね。たとえば「峠」とか「裃」という字も国字です。とてもわかりやすい、編集的でおもしろい字です。
このように境木が結ばれると、この結界の全体もまた「代」になります。そこで、ここに屋根をかけると「屋代」になる。これがのちに社になり神社になるわけです。



ここで使われている「ムスビ」は、神と結ぶこと。そのためには神にオトズレてもらうための依代が必要だということですね。


と、ここまで読んでくると、あっ!と思うことがあります。

開祖のおっしゃる「天と結ぶ」とは、ご自身、あるいは剣や杖、槍が依代となって、神にオトズレてもらうことではないかと。

この動画の演武も、天と交信されているのでは、と思えてきてしまいます。




神懸かりと大本教の鎮魂帰神法


植芝盛平先生ご自身が依代となり、神にオトズレてもらうことを「天と結ぶ」「気結びする」とおっしゃっていたとすれば、それは神懸かりの方法ではないかと思いました。


そう考えると植芝盛平先生の言葉を記録した『武産合気』に書かれている、ほとんど意味不明だった内容の三割ほどは意図が見えてくる気がします。

もっとも『武産合気』には、「私は神懸かりとは違う。神そのものなのです」とありますので、私の不遜な解釈かもしれません(笑)


木や山や岩も依代になるのであれば、我がなくなった澄みきった人間が依代になれば、神そのものだという解釈かもしれません。



ともあれ、開祖が初めて道場をお造りになったのは、京都府綾部の大本教団の中。その大本教には、鎮魂帰神法があったのです。いや戦前の、いわゆる古武術といわれるものには、かなり古神道の行法を取り入れたものがあるそうです。

大正から昭和初期にかけての時代背景では、それほど特殊なことではなかったのかもしれません。



『古神道と古流武術』という、お二人の大東流合気柔術師範の対談本にはこうあります。


大宮:古神道の中にある鎮魂帰神の妙術とはいささか趣が異なりますが、ある意味では古流の武術の修行法の中に同種のものがあることは事実でしょう。鎮魂の基本として古神道のある流派で教える呼吸法、息を丹田に落としていく行法は確かに古流の武術にも共通する方法論です。大東流にも合気陰陽法、及び合気体動法という特殊な呼吸法を伴う行法がありますが、そこには技を形作るという意味合いはもちろん、心を鎮めていくという副次的な効果があったことは事実だと思います。しかし古流武術における帰神法という場合、それはどの部分に存在するのですか。
平上:私は古流武術の修行をそれなりに長く続けて来ましたが、体験上、古流武術の静の部分としての手形稽古と、動の部分としての流し稽古(合気道における一般的稽古である流体稽古に相応する)ではその心身に