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才能は遺伝? それともすべては後天的なのかという問いに



『才能の科学』という本を読みました。

先天的な才能という概念自体が間違いで、ぜんぶ後天的なものだという主張が、異様な説得力をもって迫ってくる本です。


いやいや、そんなことないでしょうよ。

運動能力は千差万別。すぐに出来てしまう人もいれば、なかなか動作を覚えられない人もいる。そう思いながら読んだのですが、なんたって著者のマシュー・サイドは卓球でオリンピックに2度出場。だけじゃなく、オックスフォード大を主席で卒業しているそうです。一般的な感覚では疑わしい主張をそんなレベルで体現しているのですから、ぐうの音も出ません。ぐうの音も出ないけど、だけど都合の事例やデータを集めただけじゃないのか、という疑念もなくはないです。


著者は「驚異的な反射神経や運動技能は、すべて後天的に獲得されたものだ」と語っています。

もちろん内容は運動だけではなく、ビジネス・学問・芸術と多岐にわたっていますが、できるだけ運動を中心に書いていきます。

本当に才能のすべてが後天的であれば、私たち一般人にとっては勇気の出る内容です。






「才能」という幻想


著者は世の中の大勢を占める一般論に対して、こう書いています。


才能が成功と失敗を決めるという発想は、今日あまりにも強力で、なんの反対もなしに受け入れられている。たしかに反論の余地はないように見える。ロジャー・フェデラーがコートの反対側にフォアハンドで会心の一打を軽々と決めるのを見たり、チェスのグランドマスターが目隠しして20試合を同時にやったり、あるいはタイガー・ウッズが350ヤードのフェードボールを放つのを見たりすると、この人たちは天才を持っていて、ほかとは格が違うのだという結論にどうしても惹きつけられてしまう。

その才能はあまりに定性的に違っていて、我々の生活や経験とは隔絶している。似たような機 会を与えられれば、我々だって似たような結果を出せるという発想自体が、まったくのお笑いとしか思えないくらいだ。


こうした傑出した人びとをあらわすのに使われるたとえが、まさにこうした考え方を奨励する ものとなっている。たとえば、ロジャー・フェデラーは「DNAにテニスが刻みこまれている」などと言われる。タイガー・ウッズなら「ゴルフのために生まれてきた」などとされる。そしてトップ選手たち自身もこんな考え方をする。 ディエゴ・マラドーナはあるとき、自分が「サッカーの技能を脚に入れて」 生まれてきたと主張した。でも、才能というのはみんなが思っているようなものなのだろうか?

いやまあ、普通に考えてフェデラーもウッズも天才だよね。天賦の才があるんじゃないのと思ってしまうけど、著者はそうじゃないと言います。


分かりやすくするために、フェデラーに関するところだけを追っていきます。


※画像はフェデラーじゃないです。イメージ画像です




専門特化した練習から得た能力?


引用します。


(史上最高のテニス選手と言われる)ロジャー・フェデラーのリターンは、常人以上の反射神経のおかげではない。彼は相手の動きなどから視覚的なヒントから常人より多くの情報を引き出し、そのおかげでほかのみんなよりも適切な場所に、素早く動いている。だからリターンできるのだ。

まあ、多分そうよね。武道的には、読み。手や武器を見ていては、居付くし騙される。全体を見ながら、特定の場所に目付けしたりする。

でもだからって、読みだけじゃ不十分。人並み外れた反射神経もあるんじゃないの? という疑問が出てくる。


ところがそこに、とんでもないことが書かれていました。


フェデラーのスピードは、ほかのあらゆるスポーツや試合でも活用できるはずだと思うかもしれない。だが、残念でした。私は2005年の夏に、ロンドン南西のハンプトン・コートパレスで、フェデラーとリアルテニス(古代式の)テニスで、ペントハウスという傾斜屋根つきの屋内でおこなわれ、堅いボールを用い、まったく違う技能が必要になるの試合をしたことがある。あれほどの優雅さをもってしても、フェデラーはボールが多少なりとも高速で飛んでくると、ほとんどボールに追いつけなかった(まあ、それを言うなら、私もできなかったのだが)。

見物人の一部はこれを見て驚いたが、でもこれはまさに傑出性に関する新しい科学の予測とおりなのだ。スポーツ選手たちのスピードは、生得的な反射神経にもとづくのではなく、きわめて専門特化した練習からくるのだ。私は世界のトップクラスにいるサッカー選手、テニス選手、ゴルフ、バドミントン、ボート、スカッシュ、短距離、長距離•••••いろんな選手たちとしょっちゅう卓球をしているが、ずっと卓球をやってきた高齢の選手に比べたら ―卓球ならではの反応については― みんな劇的に速度が劣るのだ。


うーん、そうなんだ。一流選手の反射神経は、どんなスポーツをやっても突出しているのかと思いきや、そうでもないと。

いや、たぶん一般と比べたら突出しているのだけれど、トップアスリート同士になると、反応速度は専門でやってきた選手を上回ることができないという実証実験みたいなものです。


相手の土俵に立つというフレーズがありますが、議論ではなく武道や格闘技だと、現実的に相手の土俵に乗るなという意味ですよね。同じ競技でも、相手の得意パターンに付き合うと著しく不利になると。ルールが違う土俵なら、なおさらです。

引用が多いですが、武道とほぼ共通する内容に展開するので、もう少しだけ。



今日では、フェデラーの運動プログラムはあまりに深く内部化されてしまっているので、どうして絶妙なタイミングのフォアハンドを打てるんですか、と尋ねたところで、当人も答えられないだろう。ショットのときになにを考えていたか、そのショットが戦略的にどれほど重要だったかについてなら話せるだろうが、そのストロークを可能にした力学については、なんの洞察も与えることはできないだろう。なぜか? フェデラーはあまりに練習しすぎていて、その動きは明示的な記憶ではなく、記憶としてコード化されてしまっているからだ。これは、心理学者の言うところのいわゆる「無念無想の境地(熟練性健忘)」だ。

また、運動技能の発達(すぐれた動き)は、認知技能の発達(パターンのチャンキング)とは不可分一体だということも認識しておくべきだろう。というのも、完璧な技法を身につけたところで、ボールに当たらなければ意味がないからだ。

すばらしいショットを生み出すには、「身体に覚えさせる」のではダメだ。記憶は脳と中枢神経系にコード化して記録されるのだ。

肉体と先天性に対する、精神と後天性の優位は、何度も確認されている。いまや傑出性に関する世界最高の権威として広く知られるアンダース・エリクソンはこう言う。
「もっとも重要な違いは、次の細胞や筋肉群にあるのではなく、スポーツ選手が自分の身体の統合され、協調のとれた動きを高度にコントロールできるかどうかにある。傑出した技能は、後天的に獲得された心的表象 (mental representaiton) によって仲介され、それによりエキスパートは各種の行動を予測し、計画して理由づけることができる。そしてこうした心的表象こそが、エキスパートがそのすぐれたパフォーマンスを生み出すのにつながる側面を、もっとうまくコントロールできるようにしてくれるのだ」。

言い換えると、成功の鍵を握るのは才能ではなく練習なのだ。

ざっくり簡単に要約すると、運動技能と認知技能の発達は、不可分で一体。考えて動くではなく、単純に身体に覚えさせるでもなく、脳と中枢神経系に埋め込め。それぐらいに練習しろ、ということでしょうか。

目指すべきは、そんなことだろうという気がします。


で、「才能ではなく練習なのだ」ですが、『才能の科学』の論拠の起点は「1万時間の法則」です。





1000時間/年 × 10年が最低限必要な時間


「1万時間の法則」の法則とは、フロリダ州立大学の心理学者アンダース・エリクソンが行った「傑出した技能」の原因を調べた調査から導き出された結論。被験者は西ベルリン音楽アカデミーのバイオリニストたち。


それによると、二十歳になるまでに、

最高のバイオリニストたちは平均10,000時間の練習を積んでいた。

これは良いバイオリニストたちより2,000時間も多く

音楽教師になりたいバイオリニストたちより6,000時間も多かった。


音楽教師を目指す学生たちの倍以上、最高のバイオリニストたちは練習に時間を費やしていたということです。



この調査などをベースに、マルコム・グラッドウェルが書いた『天才! 成功する人々の法則』で、「1万時間の法則」と名付けられ、広く知られるようになりました。

様々なジャンルで、世界トップクラスの人たちは成功するまでに1万時間以上を費やしているというのです。ビル・ゲイツは、中学2年でコンピュータに触れ、大学を中退するまで毎日8時間以上プログラミングに費やしていた。売れる前のビートルズは、ストリップ劇場で毎日8時間ステージに立っていたというのです。


『才能の科学』では、神童と呼ばれた人たちも同じだと言います。モーツァルトもタイガーウッズもヴィーナス・ウィリアムズも同じだ。幼少期から練習を始めている。そうじゃないと、青年期に1万時間を突破することはできないと。



1万時間とは、1日3時間として約10年間。1日4時間なら、約7年間です。

毎日となると、ちょっと気が遠くなりそうな練習量です。自分自身のことを考えると、現在は週6時間で月にざっと24時間。年で約300時間強。

10年で3,000時間ですから、30年かかります。他の武道やその他の運動も入れれば、1万時間はとっくに突破していますが、「1万時間の法則」は専門的な練習時間ですから、ぜんぜんダメです。たぶん10年で突破してしまう濃さも関係ありそうです。いやあの、世界的な合気道家を目指しているわけではないので、問題ないのですが(笑)


合気道の世界では、大学の合気道部で毎日やっていたとしても、たぶん3年間で終わり。現実問題、10年間で1万時間となると皆無かもしれません。もしかすると合気道神武錬成塾の白川竜次師範は、青年期に1万時間を突破していても不思議じゃない動きに思えます。



量が質を凌駕するということでしょうか? それもあるのかもしれません。




10,000時間ルールは傑出性の指標として不十分?


「1万時間の法則」とだけ単純化していうと、幼い子供にとんでもないトレーニングをさせて、プロスポーツ選手や競技者にさせようとする親や指導者が出てきます。


今年、全日本柔道連盟が、全国小学生学年別大会を廃止しました。行き過ぎた勝利至上主義が、心身の発達途上にある小学生には好ましくないという判断のようです。

英断だと思いますが、柔道に限らず、10代の競技で本人が望んで練習しているのは、どれぐらいの割合でしょうか。

『才能の科学』では、こう書いている。


まったく本物の危険も存在する。意味のある練習を重ねるには、なんであれその分野に献身的に取り組むことを本人が決意しなければならないのだ。親や教師がそう言うからではなく自分のために行動に関心を持つ必要がある。これを心理学者は「内的動機」と称している。あまりに幼くして訓練をはじめ、無理強いされた子供たちは、これが欠けていることが多い。だから傑出することなく燃え尽きてしまうのだ。

「内的動機」の必要性は、きっと大人でも同じですね。

後天的な努力の中には、当然環境も含まれます。そして漫然と練習するのではなく、集中的訓練が必要だと書かれています。


エリクソンはこうも語る。
「ふつうの人が練習するときには、楽にできることに集中したがる。エキスパートの練習は違う。それはうまくできないことあるいは全然できないことをやろうとして、相当量の集中した継続的な努力をおこなうのだ。各種領域での研究を見ると、自分のできないことを練習しないと、なりたいようなエキスパートになれないことがわかる」。(中略)

エリクソンはこれを「集中的訓練」と称して、そのほかのほとんどの人間がするものと区別している。ここでは「目的性訓練」と呼びたい。なぜか? 意欲的なチャンピオンたちの訓練には、特別な不変の目的があるからだ。それは進歩だ。毎秒、毎分、毎時間、変わることなく心身ともに全力を尽くし、能力の限界をこえるところまで自分を駆り立て、トレーニングの終わりには文字どおり生まれ変わっているほど徹底的に取り組もうとする。
ベルリンの音楽学校に通うバイオリニストたちのことを思い出してみよう。 一流の演奏者の練習時間そのものは、それ以下のバイオリニストたちより多かったわけではない。むしろ、その差は目的のある訓練につぎこまれた時間にあったバイオリニストたちは、この種の練習がもっ とも上達につながったと述べている。一流演奏者たちはより厳しく、より長いあいだ自分を鍛えた。ほかの演奏者たちはそうしなかった。それが決定的な違いだ。

つまりただ練習量を増やしているだけじゃあ、進歩はない。できないことに集中して訓練することが必要だということですね。

それはまあ、すでに得意なことを得意な条件でやっていれば気持ちいいですから。



ミシガン大学ビジネススクールのノエル教授は、三つの同心円でこう解説をされているそうです。


内側の円が快適ゾーン。中間の円が学習ゾーン。外側の円がパニックゾーン。

快適ゾーンの外で思い切ってやってみなければ、何千時間かけたところで少しも上達しない。パニックゾーンに迷い込むのも無益だ。現在の能力をはるかにこえる内容を要求されるからだ、と。



世界的合気道家を目指さないまでも、エキスパートレベルとは比較にならない稽古時間しか取れないなら、どこにいたいかはハッキリさせておく必要がありますね。


ストレス解消が目的なら、快適ゾーン。進歩したいなら、学習ゾーン。学習ゾーンとは、今の自分ではできないことをやるということだと思います。

自分自身では、自分よりはるかに体重の重い人を動かすことが進歩につながると思っています。

そして護身ということなら、たまにはパニックゾーンで稽古することも必要ですね。



ずっとこのゾーンで稽古する、というのではなく、行き来するぐらいでいいのではないでしょうか。

精晟会渋谷では、毎回メインの大きなテーマを決めていますし、これは何のためにやっているかも明確にします。さらには、この3ゾーンも、人に合わせて行き来しながら稽古するようにしています。






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