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脱力と姿勢の関係性のマニアックな話

November 19, 2020

 

【腕を完全に脱力すると書いたものの】

 

紐の手に関する動画を作りました。「紐の手」という名称は、たぶん一般的ではないと思いますが、イメージとして分かりやすいのでそのまま使いました。

とはいえ、さすがに補足しないと思い、「腕を完全に脱力する紐の手」というタイトルにしました。腕といっても、きっと肩甲骨からです。完全に脱力するといっても、本当に完全になのかどうか分かりません。

 

はぁ、ややこしい。

あくまで自分の体感ですが、ほぼ力は抜けているとは思います。

 

 

 

厳しいツッコミは来ないでしょうが、腕だけを脱力するという表現に違和感を持つ人もいるかもしれません。

合気道では脱力することが必要だ。そう語られることが多いですが、完全な全身の脱力はありません。全身の力を抜けば、立っていられません。気絶した人や泥酔した人のように、潰れてしまいます。

 

要は、部分部分の力を、極端に抜くのです。膝を抜く、肘を抜く、股関節を抜く技法もあります。

 

部分について書くのは初めてですが、脱力については何度も書いていますので、今回はマニアックに書いてみます。

 

 

 

【部分を脱力することの意味】

 

多くの武道では、力むなと言われますが、力むなと部分の脱力もけっこうちがうと思います。

「力むな」は後回しにして、まず部分の脱力から考えてみたいと思います。

 

膝を抜く、股関節を抜くは、立つために不可欠なジョイントの支えを急に外すこと。支えはもちろん筋肉が主体なので、その部分の筋肉の力をなくせば落下します。落下するエネルギーをそのまま使ったり、前進することに変換して使ったりします。

 

抜くだけなので、動かそうとする力みや予備動作がなく、気配が出ません。

相手とつながった状態で重心が落ちれば、一緒に落ちて崩すことができます。

 

 

肘を抜くは、ほとんどの場合、肘周辺から指先までを脱力することだと思います。

たとえば手首を握られる。そのときに実体のあった腕が、ぐにゃぐにゃになってしまったら、握った方は一瞬フリーズ状態になります。フリーズとは、つまり居着いた状態。その瞬間、なんでもできてしまいます。

力の拮抗状態から抜かれたら、それだけで崩れます。

 

 

紐の手は、肩から指先までの力を抜いてしまいます。

そうすると動画で説明している通り、重心移動や回転など、体幹が動くことによって生まれたエネルギーをロスなく相手に伝えることができます。

 

 

部分部分を抜くことに共通した効果は、

1.気配が出ず、相手に動き出しの情報が伝わりにくい。

2.運動エネルギーを、ほぼロスなく伝えることができる。

の二点です。

 

 

 

【全身を脱力することは可能か?】

 

心身統一合氣道をおつくりになった藤平光一先生は、リラックスが重要だとおっしゃっています。

 

そして心身統一の四大原則は

1.臍下の一点に心をしずめ、統一する

2.全身の力を完全に抜く

3.身体のすべての部分の重みを、その最下部におく

4.氣を出す

だとおっしゃっています。

 

でも2の「全身の力を完全に抜く」は不可能です。完全に抜いたら、立っていられません(笑)

 

ほとんどの武道の説明は、言葉を定義して、正確に使っているわけではなく、体感をイメージとして使っているだけなのです。

物理的な説明もありますが、体内にセンサーを入れるわけではないので、おのずと限界があります。バイオメカニクスや理学療法的な説明もありますが、動作をMRIで見るわけではないので、やはり限界があります。

 

 

だからダメだと考えているわけではありません。

どんな立場からの説明も不十分。やる立場からすれば、できるようになるための「手がかり」になればいいのです。頭でだけ理解しても、実際に動けなければ意味がありません。

できたかどうかは、まず体感。

それが勘違いではないかどうかは、相手を変えても通用するか、です。

 

精晟会渋谷の稽古では、同じことをイメージで言ったり、物理的な説明をしたり、観念的な説明をしてみたり、道具を使ったりして、あの手この手でその人の手がかりになるかもしれないネタを投げてみます。

 

 

 

話を元に戻すと、武道の著名な先生方で、姿勢の要訣を著書に書かれている方は、私の知る限り皆無です。そして最も詳しく書かれているのは、これもまた藤平光一先生です。

姿勢の要訣の一部を、著書『氣の威力』から引用します。

仏像を見ると、みな眉間の中心に丸いものが描かれている。水晶やルビーなどの珠玉が埋め込まれているものもある。この位置を仏教では「白毫相(びゃくごうそう)」、易学では「天帝」といい、天地の氣が入る大切なところとされている。そのため、珠玉が入れられているわけだ。
そうであるなら、坐禅は本来、この眉間の中央、つまり天帝と臍下の一点が相対するように坐らなければならないところだ。ところが、『坐禅儀』に述べられているように、「鼻とヘソを相対し、耳と肩をを相対するように坐る」と、じつに不自然になってしまうのである。

座禅のことではありますが、藤平先生は心身統一した状態、つまり四大原則にかなう姿勢の作り方としてお書きになっています。

 

この文章には、正座した人の写真が2枚付けられています。1枚は天帝と臍下の一点を垂直線上で一致させたもの、もう1枚は鼻とヘソを垂直線上で一致させたものです。

しかしパッと見では、どこが違うの?と思う人がほとんどではないでしょうか。

たぶん頭の位置が、2cmほど前に行っているか後ろかの違いだけなのです。

 

実際、この頭の位置で、背骨のあり方も変わってきますし、力みも変わってくるでしょう。藤平先生がお書きになっているのは、座禅の方法で写真が正座。立った状態とはちがいますが、2cmほどの差でそれほど変わってくるでしょうか。

 

私は、大きくちがってくると思います。

頭の位置が変われば、他の位置も変わってくる。バランスという観点だと、最上部の頭の重みが前後すれば、全身の積み上げ方も変わって立っているはずです。

 

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藤平先生の方法はリラックス、重みは最下部なので、確かに脱力の程度はマックスかもしれません。体軸という概念はなさそうですし、どこも締められていない重い体なので、そう簡単に動かされないでしょう。

 

四大原則以外に、技としての心身統一合氣道の特徴は上下運動。同じ技の動きを養神館と比較すれば、一目瞭然です。

養神館の投げの多くが、主な力の成分は横方向、前方斜め下への重心移動であるのに対し、心身統一は上下運動の重心移動で投げています。この見方が正しければ、重い体であることは上下運動と直結していると言えると思います。

 

いずれにせよ、どんな武道であれ、姿勢の作り方と脱力のあり方、そして技術体系は直結しているはずです。

 

 

 

 

【脱力する具体的な方法は?】

 

力が抜けている、ゆるんでいるといえば、ロシア武術システマが思い浮かびます。

 

システマは本来、技もない、ルールもない、原則もカリキュラムもないものだそうです。だからその指導方法もインストラクターによって様々。

それではあまりにも手がかりがないからと、日本人インストラクター・北川貴英先生が4つの原則をまとめられています。

 

著書『システマ入門』では

1.呼吸

2.リラックス

3.姿勢

4.動き続ける

となっています。

 

呼吸とリラックスは当然、密接につながっていると考えますが、書かれているシステマの呼吸法は既存のものとはかなりちがいます。『システマ入門』から引用します。

ところで何らかの呼吸法の訓練をしたことがある人は、胸式呼吸か腹式呼吸か、はたまた別の部分を使う呼吸なのかと気になるところかも知れませが、システマのプリージングでは基本的にどこも使いません。鼻先で吸って、口先で吐きます。どこか特定の部位を用いて呼吸をすることはありません。なぜならそうすることでその部位に新たな緊張が生まれてしまうからです。あらゆる緊張を解消させていくシステマでは、呼吸にもいっさいの緊張を伴わせないようにしていくのです。

どこも使わない呼吸法とは、浅い呼吸なんだろうなと推測します。

 

呼吸は、現実的には肺への空気の出し入れです。

胸式呼吸とは、肺を囲んでいる胸郭を膨らませながら空気を取り入れる空間を広げることだと思います。

腹式呼吸とは、腹郭を膨らませながら横隔膜を押し下げること肺の広がる余地を下に広げ、胸式呼吸のように胸や肩を上に押し上げたりしない呼吸法のことだと思います。

胸式呼吸も腹式呼吸も、意図的に行う深い呼吸。それに対してシステマのプリージングは浅いはずです。

 

というのは、あくまでも私の解釈でしかありませんが、胸式呼吸では胸回りにテンションがかかります。腹式呼吸では腹回りに。その緊張も、システマでは避けるということでしょう。

 

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『システマ入門』では2.のリラックスのドリルで、仰向けに大の字に寝て、身体をよく感じて一番緊張している部位を特定。それが肩だったら、息を吸いながら、さらに肩を強く緊張させる。限界まで緊張を強めたら、息を吐きながらその部位を緩める方法が紹介されています。

 

近い方法はあちこちにありますが、寝てやった方がそもそもリラックスしているので、より緩めやすいでしょう。

この方法で、次々に緊張している箇所を緩めていけば、深いリラックスが得られそうです。

 

 

 

 

【脱力を日常や稽古にどう活かすことができるか】

 

誰でも、身体のあちこちが緊張したり固まったりしています。それが日常になっているから、緊張を意識することが少ない。ところがマッサージなどを受けて触られると、硬くなっていることに驚いたりする。

だから、まずは自分でその緊張に気づくこと。

そして部分の緊張をほぐすには、より強く力んで緊張。緊張を開放して緩む。繰り返して脱力する。この方法が最適だと思います。

 

 

それで終わりではなく、その脱力した感覚を記憶しておいて、日常でも自分の状態を感じてフィードバックできるかどうか。緊張している、力が入っていると感じたら、それを抜くことができるかどうか、です。

 

 

稽古の場でどうの以前に、日常生活でそれができなければ、ほとんど意味がありません。マッサージを受けているのと同じです。

格闘技の選手なら、試合の前後や試合中のインターバルでもマッサージを受けられるでしょうが、武道の場合は自力。どこでも自分で気づいて、自分で力を抜く。

 

 

誰にでもおすすめしたりできませんが、私の場合は電車で立っていることでゆるめます。

これなら自覚していなくても強制的にゆるみます。荷物を置き、吊り革や手すりを持たずに30分も立っていれば、かなりゆるみます。1時間立っていると、ぐったりです。

本を読みながらでもできますし、混んでいるときなら吊り革に指2本ぐらいを引っかけて立っていてもゆるみます。満員電車なら、連結部に立つのもokです。鉄道会社から怒られそうですが(笑)

 

まあでも日常にこそ、リラックスは必要です。

健康のためには当然ですが、稽古の場でリラックスできたとしても、それはいったい何時間ですか? それが週に2時間だとすれば、残りは166時間。毎日8時間寝ていて、就寝中リラックスできたとしても100時間以上緊張していたら、2時間は誤差程度しかありません。

 

 

私は、リラックスは日常には間違いなく必要だけれども、武道の場でははたしてそれほど必要だろうか、と思っています。

確信とまでは行きませんが、抜きたいときに意図的に脱力できることが必要では、という気がしています。

 

 

 

 

【姿勢を作ることの難しさ】

 

私がどうして電車で立つことをおすすめしないかというと、もちろん危険だからです。人に迷惑をかけてしまうかもしれないからです。

平衡感覚やインナーマッスルがどうかとか、そんなこともありますが、様々な立ち方姿勢の作り方をそれなりに身体で理解していないと危険です。

 

文章による説明だけだと、単純なことでも誤解を生じます。

 

たとえばシステマの4つの原則でも、3.姿勢になっています。

北川先生は「多くの武道やボディワークの先生方が様々な説明をされていますが、システマの定義はいたってシンプルです。それは“背骨がまっすぐであること”。それが骨格がもつ力を最大限に利用できる状態とされています」とお書きになっています。

 

いや、背骨はまっすぐにはなりません(笑)

それに著書の中に出ている北川先生の写真は、どれも頭が前に出ています。

 

だから「まっすぐ」というのは、あくまでざっくりとした体感なんです。

『システマ入門』ではまっすぐの説明のあとに、前後左右に身体を傾け「自分の自然な姿勢を見つける方法」が紹介されています。北川先生のおっしゃりたかった「まっすぐ」とは「自分の自然な姿勢」ということだと思います。

細かく要訣を出してしまうと、言葉にとらわれてしまうと間違ってしまいがちです。もっとも重要なのは、自分で偏りなく立てているかどうかを感じ取ること。

「ざっくりまっすぐ」ぐらいに考えておいた方がいいと思います。

 

 

 

太極拳で言われ、有名な要訣である「立身中正」。立身中正は、たぶん中国武術の内家拳はほとんどそうだと思いますが、姿勢をまっすぐに保つことだとされています。

 

『太極拳と呼吸の科学』という本には、立身中正のイラストを見ると、後頭部から仙骨の上あたりまでが垂直になっています。しかし、他の中国武術の本やネットで見ることができる著名な老師の横からの写真では、そんな姿勢を見つけることができません。

 

頭は前に出ています。背中も少し丸くなっています。立身中正=まっすぐ、なら簡単には見つけられません。

これ、『氣の威力』のところで書いた頭の位置が2cmほどの差でも、たぶんその下の背骨の積み上げ方が変わってしまうと思うんです。

 

 

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背骨(脊椎)は、椎骨と呼ばれる骨が積み上がったもの。頭蓋骨の下の頚椎(首)が7個、胸椎が12個、腰椎が5個、24個のブロックからなるS字を描く弾力のある柱です。通常は、さらにその下にある仙骨、尾骨まで含めて背骨と認識されているのではないかと思います。

 

 

確かにアゴを斜め後ろから上方に引き上げ、できる限り背中側にまっすぐな柱を作る流儀もあります。強固な柱を作ることによって、前方向からの力を弾き飛ばしてしまうというものだと思います。言い方を変えると、背骨は引き延ばされているから弾力は少ないけれども、いわゆる腰は強い。腕は弾力のある構え。

 

しかしこの姿勢、かなり強力な腸腰筋で足を引っこ抜くようにしないと、前に進むことがスムーズではなさそうです。

 

 

 

ちなみに多くのボディーワークや姿勢の専門家のいう正しい姿勢は、下の図のCだと思います。

 

耳たぶ(耳垂)、肩(肩峰)、股関節(大転子)が垂直に揃っている状態が、正しいとされていると思います。

適当なイメージ図ですし、現実には様々なバランスの取り方になっているので首から上だけを見ていただきたいのですが、Aは首が出ている状態。ストレートネックと呼ばれるのはほぼこれで、さらにアゴや鼻が斜め下に傾いているのではないでしょうか。

Bの頭の位置ぐらいが、多くの武道でいうリラックス。Cだと首がかなり斜め後ろ、上方の持ち上げられています。それだけ胸も引き上げられます。

 

Cはモデルなどでも要求される形ですが、武道で強固な柱を作る場合は、ここから仙骨尾骨が前に入り、腰椎をかなりまっすぐになっていると思います。

 

 

 

 

【力まないことのメリット】

 

後回しにした「力むな」ですが、力むとは力を込めて緊張させること。あるいは、心が緊張しているから筋肉を収縮させてしまうこと、だと思います。

心と身体は連動しているので、どちらが先でも同じことです。

 

力が入っていることが常態化してしまうと、自分が力んでいることにすら気がつかなくなります。おじさんに多いパターンです。

 

力んでいることのデメリットは、なにより素早く動けないこと。思いっきり力を込めていたら、それを解かないと、次の動きはできません。つまり致命的に動きが遅いのです。

多くの方が同じようなことをおっしゃっていますが、このことを日本で最初に公に言ったのは、たぶん野口体操をお作りになった野口三千三先生。

『次の瞬間働くことができる筋肉は、今、休んでいる筋肉だけである』 とのフレーズです。

 

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当たり前ですが逆に言えば、素早く動くには、できる限り多くの筋肉を休ませておくこと。

これと同様のことを藤平光一先生や北川貴英先生は、「リラックス」と表現されているのだと思います。

 

しかし休んでいるとは、どの程度でしょうか。

前述の通り、全身の力を抜くことはできません。だからどんな流儀でも、立つために必要な筋肉は使っている。

 

どこにあったか探せませんが、野口三千三先生の言葉でも、「大ざっぱに全身の半分ぐらいの筋肉が休んでいるとき、いい動きが生まれる可能性がある」というフレーズがあったと思います。

これが妥当だとすれば、立つことで半分ぐらいの筋肉は働いている。

ただ立つのではなく、構えれば、さらに多くの筋肉が働いているということですね。

 

 

武道においてだけの話なら、瞬間的に高速で動くには意図的に強いねじれを作っておいて、それを開放すれば飛び出していく技法もあります。「武道においてだけ」と断ったのは、50m走のようにすら何秒も持続できないからです。

 

だから、そこは流儀次第。ただ脱力とかリラックスではなく、呼吸や姿勢の作り方までかなり掘り下げないと流儀の体系にはならないと思います。

 

 

 

【変化することの重要性】

 

私自身が姿勢についてどう考えているかというと、難しいことは考えません。指導するのにも、体感重視。「自分の自然な姿勢を見つける」というより、「自分の自然な姿勢を感じとる」。感じ取る感性がないと、動きの中では自然なバランスを保てません。

Don't think. feeeel! です。くどくど理屈を書いていますが、本当に(笑)

 

もう少し詳しいことは以前にも書いていますので、ご興味があれば、そちらをどうぞ。

『オンライン道場をやって分かった、テレワーク座りっぱなしの弊害』

 

 

 

養神館がどうかといえば、姿勢はものすごく重視します。

塩田剛三先生は、植芝盛平先生の呼吸力を突き詰めると中心力。中心力の極地は、集中力だという趣旨のことをおっしゃっています。

 

中心力とは「中心線の力」とされていますが、これが分かりにくい。

私の独断ですが、中心線とは、相手に向う正面から見たときの正中線に、全身が一致してまとまって向っていることだと思っていますし、そう説明しています。

簡単にいうと、剣の使い方そのものだと。

剣でいうなら「三角矩の構え」と同じ、一致した動きは「得物の陰に身を隠す」だと説明します。

 

 

どうして中心軸の力とは言わず、中心線としているかを想像すると、中心軸は重心線と揃っている。つまり垂直だというコンセンサスがあるように思えます。そういう理由から、中心線の力としたのではないでしょうか。

 

養神館ではただ立っているときについては何もなく、構えた状態から技、そして残心から離れるときまでの姿勢については細かく言われます。一部の技をのぞき、軸といえば後ろ足から頭まで、つまり背面のまっすぐな軸なのです。

 

 

次の図は、私が指導者資格の小論文で使った画像です。

 

 

 

赤いラインが体軸で、グレーの線が重心軸です。この傾きが、(角度の差はありますが)残心でも続きます。前足を抜けば、前進する、つまり常に攻めている、備えている姿勢です。

しっかりとした体軸がなければ、前足を抜いたとき、下に落ちます。しかしこのラインがまっすぐにまとまっているから、前足を抜けば前方斜め下に進みます。

 

養神館では必ず後ろのラインがまっすぐかというと、そうでもありません。近年では、上体を垂直に立てられている先生も少なくありません。

 

 

 

【脱力するには軸を立てない方がいい?】

 

脱力という観点では、養神館の構えは体軸をしっかりさせているのですから、その力みはあります。

上体を垂直にしていれば、腰椎に負担があるはずです。

腕など他の部分は、この形を維持する最小の筋出力でいいはずです。

 

要は無駄な力を抜いて、姿勢を維持するだけの力を使い、その維持が筋出力を加えなくても動き出せるようになっていることが大切だという発想だと思います。

前から来る力に対しては、この斜めの体軸がつっかい棒の役割りになるというわけです。

 

 

しかし、「脱力する」に限定するなら、あまり軸をしっかりさせない方がいいと思います。

可能な限りの脱力をするのなら、上に書いたシステマの仰向けに寝たリラックスドリルがいいと思います。

 

 

立位でやるなら、合気道的には振魂だと思います。

振魂は、手を下腹部の前で合わせて振動させるのですから、胸は抜け、頭も前に垂れるようになっていると思います。

振魂、そこから脱力や軸にも言及した動画がありますので、よければ見てください。

 

 

 

 

 

 合気道の体験について

 

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