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杖取り|残心について詳しく述べよ

October 21, 2020

 

【投げたあとにどうするのか】

 

先日、杖取りで呼吸投げ(杖取りでは、ほとんどが呼吸投げですが)を稽古していたら、「投げたあとにどう打つんですか?」と聞かれました。

あ、いや、とりあえずそこまでやらなくてもいいですと答えましたが、確かに私は投げたあとに、足を進めて打ちに行っています。無意識にやってしまいます。

 

有段者も同じようにやっていますが、そこまで説明したことはありません。これはそろそろ、打ち方の稽古と、投げたあとの動作の意味を説明した方がいいなと考えはじめました。

 

だけどコロナ以前なら、体術だけやっていれば問題がなかった。剣はまあ黒帯になってから、剣操法を始めればいい。杖は養神館では、基本的に必要なかった。

精晟会渋谷では、立ち上げ当初から剣も杖を扱っていたものの、それは身体遣いを体感してもらったり、意識の使い方の補助的なもの。

 

 

コロナ禍で稽古を再開してから、杖の突きは稽古していますが、それを打ちまでやるのか。うーん、と考えてしまいました。やることが多過ぎます。

そりゃあ自由自在に扱えた方がいいけれど、自由自在に扱うには道場の稽古だけでは、まったく不十分。公園などで、自分でやるようにならないと…

 

 

 

 

杖の攻めの動きは、大まかには突き、打ち、払いの三つに分類できると思います。

「突かば槍 払えば薙刀 持たば太刀」ですから、打ちは太刀の動きと共通していますが、剣では手を滑らせたりしません。この滑らせ方が、突き打ち払いそれぞれで違います。

稽古でどれだけ動きを説明したところで、手の滑らせ方、あるいは締めて止める感触は、数をやって自分で掴むしかありません。それなりの威力とスピードがあり、かつ目標寸前で止めたり寸極めするコントロールを習得するのは、数の稽古が必要です。

 

 

じゃあ、打ちも稽古しよう。

それで、どこまでやるの? と考えている最中です。

 

今は剣杖の素振りや型、組み太刀組み杖をやっている道場も多いと思いますが、限られた時間の中で、そんなに色々できるわけがない。習得できるわけがないのでは、と思います。

もしそこまで習得できるものなら、どうして徒手の打ち突きは稽古しないの? と私は疑問です。

 

ともかく、うちでは杖の突きは、当面5本です。打ち方も限定して、やろうと思います。

ただその打ちは、投げたあとのためのものなので、そのまま使うわけではありません。

投げたあととは、ざっくりいうと残心、離れ方間合いの取り方も含めた態勢のあり方です。

 

 

 

【たとえば養神館の四方投げ】

 

養神館の四方投げは、他の合気道流派の方法とは、かなり違います。というか、養神館は圧倒的に少数派。一般的な四方投げは、投げ倒すところで終わりになっています。

 

養神館の基本技では、倒しながら一緒に落ち、当身を入れます。技名では四方投げですが、やっていることは四方投げ抑えです。古い教本では、「投げ倒した時が終わりであるが、極めの修練として最後のとどめまで行う」とあります。

植芝盛平先生の映像では見たことがないので、もしかすると塩田剛三先生が独自にお作りになったのかもしれません。

 

 

私は他流の出身なので、かなり戸惑いましたが、すぐにこの方が理にかなっていると思うようになりました。

なぜかといえば以前の流派では、投げたときに受の足が飛んでくることが、けっこうあったのです。攻撃しようとしているのではなくて、後ろに倒れるのを受身すると、自然に足は上がります。もちろん意図的に蹴ることも可能です。

飛び受身して逃れる動画も見かけますが、やろうと思えば背中に膝蹴りしたり、後頭部を蹴ることもできます。

 

 

そんな理由かどうかは分かりませんが、養神館の四方投げは、これらの反撃を封じています。

養神館のすべての基本技が反撃できないか、返せないかといえばそうではありません。完璧な型なんて、どこにも存在しないと思います。思いますが、隙が少ない体系になっているはずです。

 

 

さらに当身を入れたあと、どう離れるかも徹底しています。

とどめの当身を入れたあと、後ろ足を受の頭の斜め上に大きく回します。前傾姿勢のまま、残った足を引きつけ構えます。この距離は、受の手が届かない範囲。もちろんこの位置からだって蹴ることはできますが、大きく身体を動かす必要があり、瞬時に攻撃することはできません。

 

 

 というように、すべての基本技が離れるところまで、武道としての理合いで構成されていると思います。少なくとも、ふわっと終わることはありません。

 

ですので、杖取りで投げた。そのあとどう動くかを理合いとしても成り立つように考えるのは、かなり難易度が高いです。 

考え方としてはシンプルです。でも考え方で語るのは簡単でも、それを間合い、動作、姿勢にまで落とし込む必要があります。

 

 

以前やっていた合気道の流派では、残心を意識するにしても「気で抑える」でした。

ところが現実は、四方投げで投げたときでさえ予期せぬ、意図しない蹴りが来る、でした。

 

 

 

【残心とは、いったい何なのか?】

 

残心の解釈は、様々な武道で異なっています。

 

養神館では、稽古の中ではよく残心という言葉が使われますが、私の知る範囲で書籍や映像では出てきません。どころか、上に貼付けた離れ方まで含めて解説しているものも見たことがありません。

ですが基本技までは、完全に型稽古。型稽古なら、最後まで一貫した流れがあって当然です。もちろん、昇級昇段審査では、そこまでの動きが求められます。

 

一般的には、倒したあと、どんな反撃が来ても制することができる心構えを、残心と呼ぶのだと思います。でも心構えだけだと、反撃に対応はできません。

 

 

今までに私が読んで、ひえ〜と驚いたのは、『改訂 杖道入門』にあった記述です。

全日本剣道連盟の杖道では、昇段審査に筆記があります。残心について問われるのは、定番だといわれます。私も、二段か三段の審査の筆記で「残心について述べよ」が出てきて書いた覚えがあります。審査のためだけではありませんが、何冊か読んでいたのです。

 

 Amazon 改訂 杖道入門

 

この本は、 入門書という体裁ながら、かなり突っ込んだ内容です。制定型の解説も、写真はもちろん足形で動きまで示していたりして、従来の杖道本とは異なる詳しさと分かりやすさです。

なにより古流(神道夢想流杖術)との相違が、細かくべられていたりするのです。

 

ともあれ残心の記述です。

「杖道修練の基本心得」の章に、「心と体勢(止心と残心)」の小見出しで残心の項目があります。

それまで他の武道の本でも、こんなことを読んだことがありませんでした。

一部引用します。

 

2残心について

 

残心とは、捨て太刀に対する不断の用心のことを言う。

「捨て太刀」とは、勝負に負け、倒れた者が、未だ息があれば、最後の力をふりしぼって「これが最後のひと太刀」と刀を振ってくる、 あるいは投げつけてくる、その太刀のことをいう。

宮本武蔵の映画を見たことがある者は、武蔵と佐々木小次郎の決闘場面を思い出して欲しい。武蔵の一撃に小次郎が倒れる、武蔵は用心深く確認のために近付く。死んだふりをしていた小次郎が、最 後の力を振り絞って、不意に武蔵の足に切り付ける。武蔵は飛び上がってそれを避け、一撃に絶息させる。

この小次郎の最後の不意の切り付けが「捨て太刀」であり、不意をつかれても瞬時に対処した心身の用心が「残心」である。

 

古流武道においては、相手を倒し、止めの打ちを行い、残心をとる形がある流派も多いが、全剣連杖道においては、相手を倒す稽古体系がない。すべて制するまでの形であるため、打太刀は健全のま ま立っていることになるが、そのまま「残心」のあり方を学ぶのである。

このあとに杖道の「残心」についてが続くのですが、捨て太刀なあ、確かにあるだろうなあ。型稽古でそれにも備えるのかと驚きました。

 

宮本武蔵の映画を見たことはありませんが、フィクションじゃなくても切り付けてやろうとする執念はあって当然だろうし、負けても最後に投げつけて傷つけてやるぐらいの「最後のひと太刀」は当たり前かもしれません。

 

杖道の制定型ではすべて、仕杖が打太刀を制する形で終わるので、両者とも「残心」です。

杖の残心は、決めの打突のあと、太刀の目に付けます。簡単にいうと、杖の先端で目を狙っているのです。そこから杖と身体を引いて行く各段階でも、ずっと目に付けています。

もっというと、ほとんどの型が始まってからずっと、目を狙っています。距離はともかく、目を狙っているのです。

 

目付の項目はまた別にありますが、少なくとも意識の上では残心と同じことをしているのです。

 

 

 

【武器を使った投げで、必要な残心とは】

 

先の引用の中には「古流武道においては、相手を倒し、止めの打ちを行い、残心をとる形がある流派も多いが、全剣連杖道においては、相手を倒す稽古体系がない」とあります。

 

現在、精晟会渋谷で稽古しているのは、剣杖を使って投げたり倒したりすることです。

これまでに稽古したのは、杖の直突きを取って投げること。つまり杖取りの投げ。これは全員で行っています。

杖を振り回しているの取って投げること、そして剣対杖で投げることは、有段者のみで行っています。

 

杖取りでは遠くに投げるものと、近くに倒す技。あるいは正面入り身投げのように、投げの動きのまま武器を持つ手を制御する場合の、大きく分けて三通りがあると思います。

 

A:遠くに投げた場合は、追撃のように面を打ちに行く。しかし杖先に相手の手が届かない位置で止め、目に付ける。

B:近くに倒した場合は、前足を引き、杖先を目に向けたまま構える。しかし、足がこちら側に向いている場合は、足が届かないところまで下がる。

C:投げたところから杖を取り上げる場合は、取り上げたのち、杖先を目に向けたまま構える。

 

いずれも打ちの動作から、目に付けたまま、しばらく狙う意識で構える。

杖の打ち方としては、Aは合気杖の正面打ち込み。BCは合気杖のの下段返しか、杖道の逆手打ちをベースとして稽古しておけば応用できそうだ考えています。

それなら、とりあえずは正面打ち込みと下段返し、逆手打ちの稽古をすればいい。

 

 

ただ問題は、剣対杖の場合。投げただけでは相手が剣を持っています。取り上げるようにするか、それとも杖で制することを考えるか。あるいは杖道の制定型のようにするか。

悩むところですが、剣対杖の投げなら、自由技と同じなので、立ち上がってまた斬ってくるのでもいいじゃないか。最後に杖を持ったまま、剣を取り上げればいいじゃないかと考えています。

 

だけど、剣対杖の展開では様々な打突が出てくるし、今のペースで稽古をしていても、剣を取り上げるところまで行くのは2、3年はかかるだろうなと思います。

だからそれほどは、急がなくていいかなと。

 

 

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