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正しい抵抗の仕方について考えたこと

August 15, 2020

 

「正しい◯◯」のフレーズはできれば使いたくないですが、じゃあ適切? いやなんか違うな。と、あれこれ考えて、精晟会渋谷の稽古としては、抵抗はこうすべきという、いわばルールなので正しいとすることにしました。

 

 

 

【杖取りは 型になるのか?】

 

コロナ禍でしている稽古は、ほぼ杖です。杖の突き、打ち、組み、そして杖取り・杖投げ。

なんどか書いているように、養神館全体として杖を扱う技術はありません。杖を扱う多くの道場でやっているのは、斉藤守弘先生がお作りになった岩間の素振りや組杖だと思います。

 

私はどうかというと、さまざまな杖を参考にしているものの、どれも違うだろうと考えています。養神館合気道で杖を扱うなら、中心力をメインにしないと意味がないのではないか、は以前書いた通りです。

『養神館らしい杖取りを求めて』

 

中心力で杖を扱うのは、いわば剣のように扱うこと。剣といっても様々ですが、養神館には剣操法があります。

たとえば岩間の直突き。斉藤先生の動画を拝見すると、もちろん重心移動がありますが、それほどシャープではありません。技術体系というよりも、まず動き方、呼吸力に関する思想が違うのではないでしょうか。

 

直突きのような杖の突き方は、どこの杖や棒でもあります。そして、それぞれ差異があります。それを養神館の稽古体系の中に組み込むのであれば、はっきりした重心移動。一線に乗っていく直突きであるべきだと考えています。

 

 

 

現在、直突きとして二種、返し突きとして二種、さらに後ろ突きを稽古しています。しかし突きはそういう方向で稽古するとして、杖取りをどうするか。

考え方はいままでに書いている通りなのですが、ふたつ大きな課題がありました。

 

ひとつは、杖取りをしていると、(一)も(二)もないということ。力の方向を限定するにしても、相手によって突いたときの杖の持ち方の幅や体格、関節の柔らかさなどが違いすぎるからか、入り身転換は常にセットになっているのではないか。そうなら難し過ぎて、うちのように徒手の基本技の理解や習熟に役立つとするのは、少なくとも白帯の人たちには無理があるんじゃないかということ。

これはテーマとして、まだ何にも整理できていません。やはり稽古体系を作った先生方は、とんでもなく優秀なんだなと、改めて思い知らされるばかり。

 

 

そして、もうひとつは抵抗のされ方。今回書くのはタイトル通り、この抵抗の方法、仕方についてです。

 

 

 

【型稽古の抵抗について】

 

上級者は、中級者や初心者の技を受けるときに、「こちらの方向に動かせば崩せる」とか理解や上達を助けるように導いてあげるが当たり前だと思います。

そっちに引っぱってあげるというよりも、洗面ボウルに水を溜めていて、水には出口がない。でも栓を外せば、勝手にそちらに流れ出すというようなことができれば素晴しいと思います。言っているだけで、とても難しいですが。

 

問題は、逆のとき。上級者が仕手として技を掛ける場合に、受がどうするか。

(一)の技なら引くという設定なのに、押すと型にはなりません。

ところが最初は引いたのに、技の途中で押し始める人がいます。

 

 

理由はふたつあると思います。

 

ひとつは、その体勢から倒れるのが怖いから。それなら上級者は、こう倒れたら安全だと伝えて上げればすみます。型稽古は、倒れ方逃げ方まで含めて型です。たとえば肘締めのとき、逃げ方を知らない人に逆回転をすると、逆関節になり痛めつけてしまいます。勘のいい人でも知らなければ、なかなか気がつかない動きです。

安全に稽古するためにも、技術体系としてセットになっているのだと思います。しかし杖取りで崩されると、両手がふさがっていて、倒れるのが怖いと感じる場面は増えるのでしょう。

 

もうひとつは、ちょっとした対抗心だったり試してみたいというもの。

最初は引いたのに、途中から押してきたとすれば、別の力を使うことになり、理合いを理解するための型稽古にはなりません。途中からの変更なら、スピードでやればほぼ問題ありませんが、そうすると初心者が受けている場合は、早くて何をされているのか理解できず、あまり有意義ではないでしょう。

また杖取りの場合は、スピーディな動きはケガにつながりかねません。

 

 

 

【杖取りでの抵抗について】

 

理由はどうであれ、杖を使った稽古では予期せぬ抵抗は、とても危険です。

だから私は「大きく崩れたと思ったら、手を離して倒れてくれ」と言っています。たとえば四方投げのように後ろに倒れる技の場合、身体の柔らかい人は、のけぞって、かなりのところまで耐えることができます。

 

しかし握ったままだと、杖が腕の下に、あるいは頭の下に入ったままで倒れてしまい、危険なことになりかねません。あるいは柔軟さで限界まで耐えた場合、身体が伸びきってしまい、受け身を取り損ねる可能性だってあります。

 

また杖を腕に絡めたり、膝裏に入れるような技法の場合、耐えるのはとても危険です。さっさと逃げられるようにしないと、ケガにつながりかねません。

 

つまり、自分の崩れが理合いとして納得できたら、それ以上の抵抗はせず、率直に倒されたり投げられるのが正しい。徒手でも同じですが、その程度が、杖取りの場合はかなり軽いと考えています。

程度の問題を文章で表現するのは、とても難しいですが、効いていないのに倒れたり逃げたりするのとは違います。

 

 

 

【杖取りで蹴っている理由は】

 

私が仕手の場合、精晟会渋谷での稽古の場合は、ほぼ誰でも抵抗します。みんなに説明をしているときでさえ抵抗される場合があって、さすがに勘弁してくれと言います(笑)

 

というのは、技を説明している場合、技全体ではなく、伝えたいポイントがあります。そのポイント以外のところで抵抗されると、伝えたいことがハッキリしなくなってしまいます。

それに私は、たとえば正面打ち一ヶ条(一)をうまく掛けられない体勢になってしまえば、一ヶ条の(二)の動きに移行する。一ヶ条(二)も無理なら、二ヶ条や三ヶ条、四ヶ条に移行するのが、当たり前だと考えています。

 

でも正面打ち一ヶ条(一)で打ち勝っている体勢になって、そこで説明しているのに足の位置を変えられてしまったからといって、別の技に移行するわけにはいきません。そうすると平然と進めるためには何かテクニックを使い、一ヶ条(一)のままで進めることになり、初心者向けの基本技ではない方法になってしまったりします。

 

まあもちろん、そういう抵抗が変化に対応する自分の稽古になったりするのですが。

 

 

 

 

杖をメインにするようになって、私は蹴る機会が増えています。

それはなぜかというと、杖取りで抵抗される場合、両手がふさがったまま居着き、動かされないように耐えていることがほとんどなのです。

いや、それは抵抗じゃないよ。無防備な腹や金的を晒しているだけだから、ということを理解してもらうために蹴ります。

 

うちの場合は、みんなそれで納得してくれますが、こういうことを書くと「合気道に蹴りはない」と怒る人もいらっしゃるでしょう。合気道に限らず、型武道では、とかく攻撃方法が極端に狭い場合が多いようです。

しかし、乱取りや組手などの稽古や試合がないことの意味はなんでしょうか。

 

 

試合をするためには、ルールを明確にする必要があります。攻撃方法は、禁止事項が細かく定められています。ボクシングで蹴るのを反則にしなければ、ボクシングではなく、キックボクシングになってしまうでしょう。柔道で突く打つを禁止しなければ、蹴りのない総合格闘技になるかもしれません。

では、競技のない型武道は?

 

型は、正確な姿勢を維持しながら動き、理合いを体得するためのもの。少なくとも同じスピードで動いたとしたら、死角がない、あるいは死角をつぶしながら動いて勝っていることが理合いであるはず。隙だらけで動いていて、そんな攻撃は想定していないとするのは、はたして理合いになるのでしょうか。

 

世界のほとんどの人が知らない秘技を使うのならともかく、前に蹴るなんてことは誰でもそれなりにできます。蹴りにこだわっているわけではなくて、隙、居着き。

武器を持つと、大抵の場合は武器に執着する。そして両手がふさがった隙だらけの状況ににさえ、無頓着になりがちです。そこを潰していかないと、型稽古にすらならないと思うのです。

 

 

格闘ではなく理合いを理解し、体得するためにやっている稽古だから、早めに無防備な隙を納得してもらった方がいい。そして違う場面でも、そういう感性で隙を感じ取れるようになってもらうために、早めに蹴っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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