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合気の杖はどうして水月を突くのか?

June 26, 2020

 【触れない合気道をどう稽古するか】

 

6月1日から稽古を再開しました。再開といっても、まだ試運転のようなものです。

コロナ禍にあっての稽古は、当分の間は触れないで行うことが必要だろうなと、剣杖を使った方法を模索していました。

※どんなことを模索していたか知りたい方は、YouTubeにあげた[触れない合気道はできるのか?]をご覧下さい。

 

養神館には剣を扱う剣操法はありますが、杖を扱う方法はありません。想像すると、杖では中心力になりにくい。塩田剛三先生は呼吸力の根本にあるのは、中心力だと言われています。私は、中心力は姿勢から生まれるもので、剣そのものだし強い呼吸力だと説明しています。

たぶん、稽古体系の中に杖を組み込むのはやっかいだったでしょうし、もしかしたら塩田剛三先生は不要だとお考えになったのかもしれません。

 

 

しかし触れない合気道をするためには、杖は不可欠だと考えていました。

かといって、杖の型を行うつもりはまったくありません。また状取りをするつもりも、ありません。

それよりも仕手と受で1本の杖を持つことで、力の伝達を正確に、繊細に行うことはできないだろうかと考えていたのです。それなら白帯の人たちがやっても、感触を掴むことができる。力技ではできないことを理解しやすいと考えていました。

 

YouTubeなどで素手相手の杖取り杖投げを見ると、そもそも合気道で、素手の相手に武器使う設定はありなの?という疑問があります。

逆に自分が杖を持っていて、それを掴まれた場合も、持ちやすいように出して掴ませる。誘いということだと思いますが、そんな誘い方もどうなんだろうと思います。突いたり打ったりしたものを、相手に取られてしまう。それならまだ理解できますし、ありだとは思いますが。

 

 

 

個人的には、養神館以前にやっていた他流の合気道では有段の審査に杖の型や杖取りの技もありますし、杖道は参段なので、それなりに杖をやっています。杖を扱うのは、好きです。とても日本的な武器だと思います。

ただし、それは守ったり攻めたりする方法としてです。

 

 

 

【杖の突き方を知りたい】

 

そんな風に考えているので、杖を掴んだところから押し引き、つまり養神館の(一)(二)に相当する動きからの稽古をしています。

流れでやる杖投げをやるつもりはなく、がっちり持たれたところからどうするか。徒手の基本技の力の使い方を、杖を使うことで、もっと精密に理解し、制御することが求められる。そんな目的でやるなら、いいと思っていたのです。

 

ところが先日、杖による二ヶ条を稽古していたら、有段者から突き方が分からないと言われました。

んー、そうか。そう来たか。

 

 

しかし、突き方を教えるといっても、どの中段の突きがいいだろうかと迷いました。

ポピュラーなのは、岩間スタイルの素振り。開祖から教えられた杖を動きを、斉藤先生が整理分類されたというものです。

突きの部は五本。うち前方中段への突きは、直突きと返し突きの二本です。

それから心身統一合気道の杖技という型の中にある突き。突いてすぐに戻します。

それから杖道の返し突き、半身になっての突き。

 

全部見せながら、みんなで岩間の直突きと杖道の返し突きを稽古しました。返し突きは、名称はありませんが心身統一合気道の杖技にもほぼ同じものがあります。

杖を立て、それに正確に当てることもやってみました。想定は水月、つまりみぞおちです。

岩間の素振りも杖道の中段への突きも、水月を狙います。

 

だけど杖で水月を突いたところで、大した衝撃はないよ。とトンデモな説明を加えました。

だからってナメるのも違う。とも付け加えました。

 

 

 

【杖の中段への突きは、相手を止めるだけ?】

 

岩間の合気杖も杖道でも、中段への突きは水月を狙うとされています。

型上では、相手が間合いに入ってくるのを止めるだけ。杖道では太刀が正面を斬ってくるところを、杖は水月に突きを入れ、体の移動を止めるとともに振りおろす腕の邪魔をすることで、太刀が届かないようにするのです。

 

杖道では当てる道場は当てるのです。当てる道場でもポンと当てるぐらいが通常ですが、加減をミスしたり、ドンと突いてくる人もいます。

私は当てられても、これで自分が斬ってやるとテンション上がってたら、止まらないよな。実際には真剣で斬り掛かっているんだから、と思っていました。それを止めるには、もっと衝撃がないと。

 

合気道の杖では実際に当てたりしないと思いますが、そうすると誤解というか、妄想が止まらなくなります。急所である水月に当てれば、有効な当身になるんじゃないかと。

タイミングがメインの稽古だと考えても、杖で止まるでしょうか?

杖でみぞおちを突かれた場合、当たってからでも、それを外しながら入身できます。当たったままでも、前膝を蹴ることができます。

 

徒手の当身については、なんどか書いていますが、仮当てだからといって、当身を稽古しないでも使えるような妄想を産むのは、重大な欠陥です。破壊が目的じゃなくても、それなりに大きな衝撃がなければ、相手は止まらないし、居着きもしません。当てなくても居着くのは、上段、それも目に対して見せている当身だけではないでしょうか。

 

徒手の当身で、水月は間違いなく急所です。素手では経験ありませんが、空手をやっているときに薄いグローブで、ほぼピンポイントで突かれたことは何度かあります。横隔膜に作用するのか他の作用があるのか、息が止まり、体が曲がります。

 

 

杖だと軽過ぎるし、間合いを取りながら突くには短すぎるのです。

もしかしたら棒なら可能かもしれません。杖と棒に明確な違いの定義はありませんが、杖というと杖道用が四尺、約128cmです。売られているものでは、五尺もあります。

警察署の前で、立っている警察官が着いているのが四尺の杖のはずです。

棒は、琉球古武術のものが六尺、約182cm程度が多いと聞きます。映像などで見た印象では、それより長いものがいくらでもあると思います。

六尺なら間合い的にも、攻撃を受けないかもしれません。

 

そう思いながらも、私が杖による水月への突きを「ナメるのも違う」と言ったのはどうしてでしょうか。理由は二つあります。

 

 

 

【合気杖には、槍が隠されている?】

 

通常、合気道の武器として語られるのは、剣、杖、短刀の三つです。しかし、槍の手があったのは確実です。

私は私の先生から槍の手を残している流派のことをお聞きして、なるほどと思いました。それは槍の方法を徒手に置き換えたものでした。

 

昭和51年発行の養神館の『養神 - 基本技総集編』には、座り技一ヶ条抑え(一)の説明で「槍を突き込む要領で押し込む」との表記があります。

さすがにこの要領や表現は、塩田剛三先生が付け加えられたとは考えにくい。私は、植芝盛平先生が、そう説明されていたと考えるのが自然だと思うのです。

 

 

 

そう、間違いなく開祖は槍術も追求されていました。

多くの書物によると宝蔵院流槍術を修練されていたということですが、宝蔵院流で使う槍はかなり長いものです。映像で見ると、身長の2倍以上はありそうです。それほど長いものを開祖が扱われている映像や写真を見たことはありません。

 

でももっと短い“槍”を使われている映像なら、けっこうあります。

はっきりしているのは、全五巻のDVDシリーズ『植芝盛平と合気道』第三巻「米国TV制作編」のパッケージ写真です。映像は、第三巻のほか、第四巻「和合の道編」にも出てきたと思います。

私は全五巻持っていますが、VHSのビデオなので現在見ることができません(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DVDシリーズ『植芝盛平と合気道』

 

開祖が使われている槍は、杖の先端を削って尖らせたぐらいに見えます。長さはたぶん四尺か、それより短いもの。どうも開祖は杖と槍を融合させた技法を追求されていたのではないか、と思えます。融合というより、杖のように扱える槍の技術、ということかもしれません。

私が見たことのある開祖の映像で使われているのは、もっぱら杖の先端を削って尖らせたぐらいの長さのもです。

 

 

 

岩間スタイルの杖の突きの部、直突きと返し突きは重心移動も少なく、加速も少ないのでなんだろうと疑問でした。これが先端の尖っている槍なら、話が変わってきます。

構えから出す早さ、というより距離の短さ。

尖っているなら、素早くタイミングさえ合わせれば、相手は急ブレーキをかけるはずです。

 

あくまで私の仮説でしかないですが。

 

 

 

もうひとつ、開祖がどう使われていたか、はっきりしている映像の存在をご紹介します。

『植芝盛平 合気道の王座』というDVDに収録された、1956年のドキュメンタリー、開祖77歳のときの映像です。

1956年といえば養神館設立の年、開祖は岩間時代でも後半で、晩年です。開祖の晩年といえば、舞うような体術の印象が強いですが、ここに収録されている槍の映像はまったく違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DVD植芝盛平 合気道の王座

 

 

パッケージの裏に表記されたチャプタータイトルには、「短槍で立木相手に打ち込み」とあります。しかし映像は、そんな印象ではありません。

ここで使われている「短槍」も、上の『植芝盛平と合気道』第三巻「米国TV制作編」のパッケージ写真と同じ、つまり杖の先端を削って尖らせたぐらいの長さのもです。

 

太い木の幹にゴザのようなものを巻き、その上に昔の剣道の胴のようなものを縛り付けて、突かれているのです。しっかり動作を行うというより、まるで狂ったように槍を払ったり打ったりするように振り回しながら、突きだけをガスガス入れられているのです。

 

動きの形の印象としては、岩間スタイルの三十一の杖よりも、心身統一合気道の杖技1と2を合わせたものに近いように思えます。杖技2にはバトンのように左右で杖を振り回す動作がありますが、あれが槍であれば、しっくりきます。

四方八方からの敵を近づけないためのものとしてなら、短槍であれば技法として、より妥当ではないでしょうか。

 

 

「短槍で立木相手に打ち込み」の次は、「高弟斉藤守弘らとともに示現流式、木剣で打ち込み」になります。このシーンでは、開祖が横木に打ち込み、その反対側では斉藤先生が打ち込まれています。

周囲では複数の弟子が素振り。

どちらの映像も岩間の野外道場だと思われますが、槍も剣も激しい。

 

相対ではないからということもあるでしょうが、誰だよ、合気道に攻撃はないとか断言してるのは、と言いたくなります。実際の映像として、こういうのが残ってるじゃないと。

少なくとも開祖は、77歳になっても激しく武器による攻撃を稽古されています。77歳で激しく突いたときの衝撃に耐えられる肉体というだけでも、脅威です。

 

 

とまあ、こういったところを根拠として、杖として稽古しているものは、実は槍だったんじゃないか。槍なら、とても有効になる。

稽古では安全のため、杖を使っているけれども、先が刃物になっている武器だとして稽古するのが正しいかもしれません。先が刃物だとして成り立つかどうかを考える。

刃物なら、当然のこととして、水月を突かれたら致命傷になります。

 

 

 

【あくまで杖だとして稽古するなら】

 

徒手でも当たらない、届かない、あるいは威力のない当身なら、対処する必要なんてないんじゃないの。そう私は思っています。だから他の道場と比較して、正面突き、掌や裏拳の当身も詳しく説明するし、それなりに稽古もしている方だと思います。

 

あくまで杖として稽古する場合、つまり刃物ではなければ、どう考えるのか。

これはもう簡単です。

杖道の場合、中段以外で止めるために打つのは上段、頭部です。目に付けるのを基本として、霞(こめかみ)を打つのもあります。軽い杖ならそれが合理的だと思いますが、頭部に実際に当てるわけにはいきません。

 

合気杖でも同じだと思いますが、中段の水月を突くのは、あくまで稽古上の安全性のための方便。

私が説明したのは、稽古では水月を正確に突けるようにしておいて、実際の用法としては、骨を突く。急所としてはいくらでもあるけれども、筋肉や脂肪が着きにくいところをスピーディに突けば、それなりのダメージを与えることはできるからと。

 

 

 

 

水月で稽古しているけれども、実際にはそこから上や左右にズレた場所を突けばいい。分かりやすく代表的で危険な急所だけでも、上の図ぐらいはある。

 

逆に言えば、正確に水月を突けずにズレてしまうと、とても危険だと説明しました。

ましてや10代真ん中ぐらいまでの男子だと、あまり胸に脂肪も筋肉もないので、心臓に影響してしまうからとても危険です。

 

 

 

 

 

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