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こする - 皮膚を動かす効果

April 17, 2020

 

 

【汎用的に使える“こする”に気がついたのは】

 

YouTubeにアップした同じタイトル[こする - 皮膚を動かす効果]を理解しやすくなるはずだと、少し濃いめに書いていきます。

 

このテーマなぁ、色々言われるだろうなと思いながら、4月3日に動画を公開してから何もありませんでした(笑) こすることについては、擦過の合気という言葉があったりして、擦過の合気が念頭にある人には低次元の動画だと言われているかもしれません。

一方で、そんなの常識でしょうと思う人だっているでしょう。別に高次元の人に向けて動画を作ったりブログを書いたりしているわけではないので、いいのです。

目指しているのは、稽古も動画もブログも分かりやすく、それなりに理解が進み、再現できて役立つことですから。

 

低次元だと思うなら、ご自分で動画を公開すればいいだけです。具体的なことを何も公開しないでただ言葉で言うだけなんて、今は昭和ではないのですから。

 

とまあ余計なことを書いたのは、理由があります。

私が考えている“こする”と、たぶん同じ使い方ではないと思っているのです。“こする”は柔らかい力ですが、掴まれたり持たれたりした場合は、その動き出しに必ず使えると考えています。

 

 

最初に、あれ?と思ったのは、たぶん20年ぐらい前のこと。

(ここからは、しばらく物語風の展開になります)

当時、他流の合気道を学んでいた私が二教を稽古しているときに、これってこすっただけの方がいいのかもと思ったのです。相手の手首を肩口に当ててロックし、反対の手で抱え込むようにする。

完全に体格差で勝る相手をなかなか落とせず、んん〜っと悩みながら試行錯誤していました。

 

抱え込むと説明されていたので、その通りに再現しようとやっていても出来ません。それがなぜかあきらめ気味に、ただ自分の方に向けて相手の手首を軽くこすっただけで、崩れ落ちたのです。

ぶつからない力どころか、自分の感覚では何も力を加えていない。

マッサージにさえならない力感のなさ、だったと思います。

 

それから、ここもそうか、この技でもそうかと思うことが多くなりました。

しかし先生もどなたも「こする」なんてことはおっしゃいません。だから誰にもしゃべることはありませんでした。私にしても特に追求することもなく、力を抜いた柔らかい使い方の感覚、ぐらいの当たり前の使い方でした。

 

 

 

【ほぼ同じは、まったく同じではないから】

 

いろんな武道、流儀、同じ合気道の中でも団体、先生によって、ほぼ同じことを異なる単語や言い方で説明されることがあります。

ほぼ同じは、まったく同じではありません。ほぼ同じを「同じもの」にしてしまえば、多くの武道の大部分は同じです。別れている必要はなくなりますから(笑)

 

でもどこかに入門入会して学ぶなら、その違いこそが重要です。ベースになっている思想、技の原理原則みたいなところは、かなり違いますし、身体の作られ方が変わってきます。だから技は枝葉だと考えることもできますが、枝葉の中にも口伝で伝えられるような無数のコツがあります。

 

私にとって「こする」は自分の中のコツで、ひとつの気づきでした。

 

 

たとえば杖道の型の中に、太刀の突きを杖で滑らせるように受ける動作があります。初めてその型をやったときに、これはもしかして「こする」ことか? と感じ、ひょっとしてこすることで相手の身体まで崩せるかも。

と思ったのですが、いやいやぜんぜん違うわ。妄想だわと、考え直しました。

 

太刀が縦だから、杖で滑らせることができるけど、もし木刀ではなく真剣で横にして突いてきたら、杖が切れてしまう。突いてくる瞬間に剣を横にするだけだから、簡単。というより、ふらつくだけでもそうなってしまう。

この型の設定自体がお約束過ぎるのか、解釈が間違っているのかもと。

だから滑らせるではなく、中心を守りながら下がる、なんだろうなと僭越なことを思いながら、とにかく「こする」と考えるのは違うなと判断しました。

 

似ている、ほぼ同じ、程度で同じものと判断するのは、間違いを犯すことになりがちです。

と、ここからまた物語に戻ります(笑)

 

 

 

【皮膚だけ動かすと手が離れなくなる?】

 

私は以前の合気道を続けながら、養神館に入り3年ほど弊習します。

養神館には体格がガッチリした人や、他の武道をやっている人もそこそこいます。

あるとき綾手持ち二ヶ条を稽古していたら、斬り下ろした状態になったとき、相手が「手が離れない」というのです。体格は私より大きく、ガッチリした有段者です。あー、この人にも離れなくすることができるんだと、驚きました。

 

以前からやっていた合気道の道場では、受の手が離れなく現象は、たびたび起こすことができていました。離れなくしようとやっているわけではなく、こすろうとしているのでもなく、相手が勝手に離れないというのです。だけど、このガッチリした人に「手が離れない」と言われたのには、ビックリです。

これだけ筋力差があるのに、どういうこと? 確実に言えるのは、皮膚だけを動かしている感覚なのです。別の言い方をすると、筋肉や骨にまで届いている感じはまったくないのです。あくまで感覚的にですが、皮膚「だけ」少し動かして、相手を崩した状態にできるんだと自分の中で確信めいたものが芽生えました。これは皮膚だなと。

 

かなり不思議ですが、「手を離れなくさせる」ことを、私は追求してはいません。結果として離れなくなったことがあっても、手を離れなくさせてやろうと思ってやったことは一度もありません。

私は不確実なことに、それほど興味がないのです。

合気◯◯とか不思議な技法、高級技法といったところで、そんなの条件設定でしょうよ、簡単に破ることはできるよとか思ってしまいます。旦那芸と呼ばれるようなものを、追いかける気になれません。

 

 

そんなことよりも、皮膚「だけ」を動かすことで、なにか意味があるんだなと確信めいたものになっただけです。

確実そうだと考えているのは、皮膚だけを動かすつもりで「こする」ことです。

今は精晟会渋谷をやっているので、指導するとき自分の中のコツも説明したりもします。ただそのときも「私が勝手に思っているだけだけど」とか「まったく間違った説明かもしれないけど」と前置きします。

 

少なくともその当時は、稽古の場で「こする」という言葉を聞いたことがなかったので、相変わらず自分の中のコツのひとつでした。

ところが意外なところで、養神館でも使われているらしいことを知ったのです。

 

 

 

【少しだけなら動く】

 

それはmixiだったのですが、私が初めて、「こする」と効果的みたいだと日記の中で少し触れたら、「そうですよ」とコメントしてきた人がいたのです。

半身動作研究会の中島先生でした。

 

半身動作研究会は、元は甲野善紀先生の稽古会で、そこから形式上甲野先生が抜けられた名称だったかと思います(現在は動作術の会と名称が変わっています)。その主宰者が中島章夫先生です。

半身動作研究会では、何度か稽古させていただいたことがあります。

10数年の間で数回の参加ですから、まったくの部外者ですが、mixiにコメントをいただいてからしばらくして、とつぜん中島先生から郵送で雑誌のコピーが送られてきました。

 

「看護学雑誌」という雑誌で、特集 触れるの記事「少しだけなら動く」だったのです。一読して、前段はまったく同じ。自分の考えていた理由とも同じだと、驚きました。

 

どういうものかというと、最初のところはネット上で読めます。あとは有料です。

特集 触れる 皮膚感覚とケア 少しだけなら動く―「武術稽古素材」から触れ方を考える

 

日付を見ると2008年ですので、12年も前です。

そうかそうか、あながち私だけの妄想じゃないんだなと喜んだのですが、それだけではありませんでした。

 

その後、半身動作研究会の稽古に参加させていただいたときに、中島先生が「養神館の四段の人が、こすると言ってましたよ。だから養神館では普通なのかと思ってた」とおっしゃったのです。

えー、私は聞いたことない。そうなんだと、またまた驚きました。

 

 

 

私の先生は「ここに手を置いておくだけ」とか、ほとんどど同じに思える説明をされるときがあります。これがまったく同じことなのかどうなのかは、正直なところ分かりません。

なぜって私の思う「こする」は、あくまで仕手側の感覚なのです。別の言い方をするなら、「皮膚だけを動かす」つもりなのです。

 

受はたぶん、皮膚だけを動かされている感覚はないでしょう。皮膚はボディスーツじゃないので、その下の組織から分離しているわけではありません。指先でつまんだところで、皮膚だけが持ち上がるわけではありません。あくまで皮膚を動かしている、つもりの感覚です。

 

何年か前から、マッサージなどで筋膜はがし筋膜リリースが流行になっているようですが、筋膜だってペラッと分離して、はがれるわけではありません。もちろん、癒着して固まって動かなくなっているのはマズイと思います。でも言葉通りに、はがすと考えるのはどうでしょうか。筋膜はその下の筋や筋肉ともつながっているし、筋や筋肉は骨とつながっているから身体が動くのです。

 

 

 

【皮膚を動かすつもりは最初だけ】

 

皮膚が少しだけなら動くのは、ひとりでも検証できます。

右手で、自分の左手を思いっきり掴んでみてください。骨を掴んで固定するつもりでギュッと。

それでも左手を回転させることは出来ますよね?

5度とかぐらいなら簡単に動く。

 

これが少しだけなら皮膚が動くということです。

 

 

動いたら、こんどは次の1.2.をやって、違いを感じてみてください。

回すのは左手。掴んでいる右手の状態がどう変化するか、感じてください。

 

1.左手の指をピンと張って、手首を硬くしてやってみてください。

2.左手の指をふわっと脱力して、中指を回転軸に回してみてください。

 

2のときに右手がつられて回りやすくなりませんか?

1.は離脱法の基本的なやり方ですが、2.の左手が「こする」に近い感覚です。

ひとりの人間がやっていることですから、左手が脱力すれば右手も同調して力が抜ける傾向が強くなると思いますが、それを差し引いてもつられて動く作用があるのだと思います。

 

 

中島先生は前述の雑誌で、こう書かれています。

たくさん動かそうとすると、どうしても相手の抵抗が出てきます。これは無意識的なものなので、意図的に抗おうとしていなくてもそうなってしまいます。

反対に、「少しだけ動かされる」と、抵抗しようとしてもなかなかむずかしいのです。

同感ですが、「少しだけ動かされる」に「弱い力」でを付け加えたいです。

触れ合気的なものや、結びの技法という動画を見ると、弱い力でずっと動かしていくものが多いようです。しかし、それはたぶん旦那芸。反応できない人、あるいは抵抗する気のない人にだけ掛かるのではという疑問があります。

 

 

 

【動き出しが一番難しい】

 

弱い力で皮膚を動かすのは、1秒もない。私は動き出したら、即座に別のベクトルを加えることが必要だと思っています。

 

当然ですけれども、安定して立っている人間の向きを、押すことで変えようとすれば重いです。ところが全力疾走している人をタイミング良く、ちょっと押すことができれば吹っ飛んでしまうかもしれません。摩擦係数とかいろいろあるでしょうけれども、動いているものは、それだけで崩れているのです。

 

ブレーキをかけずに止まっているトラックを押して動かすには、最初がもっとも大変。いったん動き出せば、ずいぶん楽に動かせるはずです。

その大変なところを、反射を起こさせないように触れ、同調するように少しだけ動かすのです。

動き始めたら即座に、倒す、投げるように別のベクトルで力を加えます。

これは養神館ですから、強い呼吸力です。

 

 

 

【道着の上からは接触面を大きくする】

 

皮膚だけ動かすつもりでいっても、道着の上からだとどうでしょうか。

動画の中では手首を動かすときには、手刀で、ほぼ線で接触しています。

あとは前腕とか、手の甲とか面です。

 

 

たぶん効果的なのは、広い面。広い面の方が容易です。

道着の上から皮膚を動かすには、それなりの圧力が必要です。圧力といっても、あくまでピトッとかペタッとくっついている感じ。面のどこにも偏りがなく、全体が均等の圧になるように触れます。弱くて均等であれば、反射が起こらないようですよ。

 

 

 

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