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合気道の当身って何? 消えてしまわないためのアーカイブへ


中高一本拳

今回も合気道の用語です。言葉として「当身」はけっこう使われていると思いますが、実質的に合気道から当身は失われつつあるかもしれません。


合気道の書籍でも映像でも、当身を扱っているものは、ほぼ見かけません。流派によって違うと思いますが、養神館では当身を多用します。

そんな養神館でも、書籍では「裏拳を入れる」ぐらいしか書かれていません。具体的にどう使うとか何のためにということになると、道場で教えられる以外に手がかりがありません。


多くの流派で、素手による当身がないのに、剣や杖、短刀を稽古し、それじゃ斬れないとか指導されているとしたら、かなり不思議な状況です。合気道は体術がメインのはずです。

あるいは「本来ならここで当身が入る」と言葉だけで終わり、当身の稽古をしていないのだとすれば、お芝居の振り付けのようです。



では植芝盛平先生は、当身を使われていなかったのでしょうか。


かつては使っていたけれども、少なくとも戦後は殺の武道ではなく愛の武道だから、当身は使われなかった?




70代の植芝盛平先生の技は受が飛ぶ


2003年発行の季刊合気ニュースNo.135は、特集「田辺と植芝盛平」。この特集に五味田聖二 合気会田辺道場長のインタビューが掲載されています。


いうまでもなく田辺は、開祖の出身地。五味田聖二 田辺道場長は12歳のころから、開祖が帰省されるたびに稽古をつけてもらっていたそうです。

引用します。


しかし大先生の技は瞬間的に受けが飛んでしまうでしょ。昔は、入り身投げでも天地投げでも、全部ここ(顎のところ)に来るんです。だから受けが飛んでしまうんですね。
僕らがはいった時には、当身7分で技3分と、そういうふうに教えられました。技を掛けるために当身で相手の体勢を崩し、技につなげていく。また、相手の体を崩すことにより技が掛けやすくなるんです。

当時植芝盛平先生は、70代だったということですから、戦後です。

そのころの天地投げ、入り身投げが掌底による当身だったとは、けっこう驚きです。

また「僕らがはいった時には、当身7分で技3分と、そういうふうに教えられました」というフレーズにも驚きました。


塩田剛三先生は「植芝盛平先生は、実戦では当身が7分とおっしゃっていた」と『合気道修行』にお書きになっていますが、その「実戦では」というエクスキューズがないのですから、「合気道の術理の7割は当身で構成されている」というニュアンスです。



「入身投げでも天地投げでも、全部顎のところにくる」のは、入り身突きを知っていれば容易に想像できます。入り身突きという用語は、養神館だけのようですが、同じような用法は他流の合気道でもあります。


ただ養神館でも、顎をカチ上げて下に落とすような激しい入り身突きは、塩田剛三先生と竹野髙文最高師範ぐらいだと思います。何より受けるのが難しく、危険なのです。

危険だけれども、この動きが天地投げや正面入り身投げの原型なのは、ほぼ間違いないでしょう。原型といっても、それは甲冑武術時代の体術だと思いますが。


ともあれ70代の植芝盛平先生が、そんな当身を天地投げや入り身投げとして使われていたのです。

入り身突き



富木流には基本技として5本の当身技がある


植芝盛平先生の高弟であった富木謙治先生の言葉はそれほど出てきませんが、富木流の『合気道教室』には、基本の技19本、うち5本が「当身技」として紹介されています。


引用します。


当身技は 「一撃必倒」 などの言葉で語られますように、一点一方向に力を集中して行われるところに特色がありますが、柔術のなかには同様の原理で行いながらも性格の異なった技があります。それは相手の力学的弱点(姿勢の崩れや体の固着)に乗じて、押す力あるいは引く力を加えて倒す技です。
もちろんこの場合、衝撃を加えて倒すこともあるわけですが、殺傷を直接目的としない場合にはその必要はありません。倒して抑えることを目的とした場合は、むしろやわらかい力(弱いということではありません)を持続的に加えていくことによったほうが有効な場合が多いのです。
富木先生は、植芝先生から学んだ合気道の技法に、この種のすぐれた技が多いのに気づかれました(たとえば入身投げ)。また同様の技法が、講道館柔道に保存されている「古式の形」(起倒流柔術の形)などにも原理的なかたちで含まれていることを解明されたのです。

なるほど、つまり「やわらかい力を持続的に加えていく」方法を当身技として採用されているのですね。

5本の当身技は、○正面当て ○相構え当て ○逆構え当て ○下段当て ○後ろ当て。正面当てと相構え当ては養神館でいうところの入り身突きに相当するのだと思います。


しかし、下段当てと後ろ当て以外の三本は頭部周辺への当身。少なとも開祖の映像で見る当身や、養神館の当身はそれだけではありません。




柔術の流れとしての当身世界は、もっと巨大


笠尾恭二先生と平上信行先生、お二人の著者は合気道の方ではありませんが、『発勁の秘伝と極意』という対談本の「日本柔術當身秘法」章の中に興味深い発言があります。


引用します。


平上:日本柔術を投げや逆手主体の格闘技のようにとらえる向きもありますが、部分的な當身の鍛練を行わないから當身稽古が少ないのかと言えばそれは決してそうではない。故塩田剛三師範は生前、合気道の足捌き、躰捌きの全てが既に當身の稽古につながっていると述べておられますが、古伝の日本柔術も同じ見地に立つものであります。
笠尾:強力な當身を発するためには安定した姿勢と拳打の角度、そして躰捌きによって瞬間的な力を発するということですね。私も塩田師範が実戦的な対人演武の中で、手先だけではなく、からだのどこからでも瞬発的な気力を発して相手を倒す場面を見たことがあります。當身の極致を身をもって描いたものと言えましょうか、実に迫力がありましたね。
平上:日本の當身術は多く躰捌きと同時に発し、拳と同躰となって当たっていきます。そうした基本術理を踏まえた上で各流柔術にまた様々な工夫があり、柔術當身秘伝身法の巨大な世界を築いていると言えるのです。

澁川流、竹内流、柳生心眼流、気樂流とさまざまな日本の柔術を取り上げて、でも近年の日本の当身術の実践者として取り上げるのが塩田剛三先生とはどういうことでしょうか。

塩田剛三先生の当身は、どう見ても、植芝盛平先生の動きから発展されたもの。喉への人差し指での当身などは、他の方が行われているのを見たことがありませんが。


この本の発行は、1997年。柳生心眼流の島津兼治先生も取り上げられていますが、仮に塩田剛三先生と島津兼治先生のお二人しか注目に値しないということなら、20年以上前から日本柔術界全体で当身は失伝しかかっていたのかと思ってしまいます。



日本の柔術全体の当身を対象にしている書籍は、たぶん『発勁の秘伝と極意』以外にはありません。具体的な用法に関しても、広範な技をカバーしています。




当身とも投げとも区別できない瞬間の技


それでは、当の塩田剛三先生は何と発言されているのか。

何度も使って書いていますが、改めて『合気道修行』から引用します。


(演武で)私が当身を多用していることに驚かれた方も多いでしょう。 合気道といえば手首をつかむもの、あるいは派手に投げ飛ばすものというイメージに皆さん捕われているようですから、無理もありません。
しかし、私の師匠であるところの植芝盛平先生も次のように言っておられました。「実戦における合気道は、当身が七分、投げが三分」 私の体験から言っても、まさにそのとおりだと思います。
それなら、関節技はどうなるのか、と問い返されそうですが、たとえば酔っ払いにからまれたとかいう場合なら、関節技で制圧した方がいいケースもあるでしょう。しかし、死ぬか生きるかというような状況に身をさらした場合や、多勢を相手にした場合などは、一瞬の勝負になりますので、当身や瞬間の投げじゃないと身を守り切れません。
逆に言えば合気道の本質は、そういうギリギリの闘いにおいて発揮されると言ってもいいでしょう。
こういった瞬間の攻撃の場合、もはや当身とも投げとも区別できないようになることがあります。しかし、そんなことはどうでもいいのであって、とにかく相手が崩れればそれでいいわけです。

合気道の前提は、多敵。たとえ稽古でも、本気で多人数取りをやるなら、一挙動の技ばかりになります。一挙動の技を当身か投げ技かと分類するのは、確かにあまり意味がないでしょう。


さらに引用します。


しかし、合気道の道場で空手やボクシングのようにパンチ力を鍛える稽古をしているなんて、聞いたことがないぞ、と。
確かにそのとおりです。合気道では普通、巻藁を叩いたり、レンガを割ったりというようなことはやらないわけですから。ところが、じつは突きの稽古をちゃんとやっているのです。何も特別なことではありません。道場生の皆さんがいつも繰り返している基本動作や基本技、あれがそのまま突きの稽古になっているのです。
突きが威力を発揮するために必要なことといったら何でしょうか。それは、右足なら右足から踏みこんだときに、体全体の重心がそれに乗るかどうかということです。乗ったら効くのです。

合気道では体全体の一致した瞬発力で前に出ることが重要です。しかし、大抵の人は、踏みこんだときに膝の操作がうまくいかなくて、せっかく重心の移動によって生じた力がそこで止まってしまい、上半身(拳)にまで 伝わりません。だから突きも効かないのです。
(中略)
道場で稽古されてる方ならおわかりだと思いますが、この動きは、毎日稽古の前に行う臂力の養成と同じであり、また、投げ技において前に出る力を手に伝えたり、逆技を体の前進によって効かせたりする動きと共通しています。つまり、合気道の最も基本的な体の前進動作は、そのまま突きの動きとして応用できるというわけです。


発勁の秘伝と極意』と、ほぼ同じ趣旨のことが書いてありますね。


臂力の養成が突きの稽古にもなるというのは、よく分かります。ただそれは力の出し方です。

精晟会渋谷では、顔面への当身は掌底を多用します。

あるとき「どうして裏拳じゃなく、掌底なんですか?」と聞かれました。ミットがあったので、裏拳で連打してもらいました。すると、あっという間に打てなくなりました。


どういうことかというと、衝撃に耐えられなくなるのです。だから鍛えてなくて大丈夫かというと、そんなことはありません。

鍛えなくてもいい部位で、相手の硬くない場所を狙います。

再度、引用します。


拳もあまりしっかり握ってはいけません。しっかり握ると筋肉がムダにリキんでしまって、力が腕に乗らなくなります。軽く握って軽く当てるような気持ちでいた方が、効くのです。
拳の使い方はいろいろです。正拳も使いますし、私の場合、人差し指や中指の第二関節もよく使います。堅い物にぶつけるのならともかく、人間が相手ですから力が集中しやすい一本拳で、体の弱い部分を狙った方が効果的だからです。

※『合気道修行』に描かれている板垣恵介さんのイラスト、拳の部分を見ると一本拳です。



人差し指や中指の第二関節を使う拳は、一本拳や鬼拳と呼ばれたりしますが、じゃあその拳の作り方はどうするのか。

身体の弱いところに当てるなら、それほど気にする必要はないと思いますが、手首の角度は問題です。



それから「皆さんがいつも繰り返している基本動作や基本技、あれがそのまま突きの稽古になっているのです」とおっしゃっても、養神館の基本動作はかなり独特だと思います。まず膝の使い方、はっきりした重心の移動は、他ではまず見かけません。


さらに言えば、植芝盛平先生の当身はそれだけではないでしょう。

と思っています。




開祖の剣取りや杖取りで特徴的な当身


「合気道の当身」というまんまの小見出しで書かれている文章があります。『植芝盛平と武産合気』というタイトルの本で、著者は10代から八卦拳、楊家太極拳、合気道、大東流、新陰流、立身流などを修行し、八卦門両儀堂で太極拳、八卦拳、合気之術の教授を行っていると記載されている清水豊氏。

サブタイトルが「神話世界と合気道」だからか、私にはほぼ理解できない内容ばかりです。


しかし「合気道の当身」の文章の趣旨は、かなり納得できます。

とにかく引用します。

合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録』からの引用と、ご自身の解釈が書かれています。


入身転換を行う時に鍵となるのが「左(足)・天盤」である。 「左足、千変万化、これによって体の変化を生じます」(『合気神髄』)また、手に関しては、「左で活殺を握り、右手で止めをさす」(『合気神髄』)とある。
つまり右足(地盤)を軸にして右手で最終的な攻撃(当身)がなされるというのである。こうした身法は一般的な突きでは用いられない。右手で突くのは普通であるが、その時の軸となる足は左である。所謂「逆突き」と呼ばれるこの形が人体構造上、最も大きな力を発揮できる姿勢であることは言うまでない。
盛平の示すような突きを行う武術としては形意拳がある。八卦拳や太極拳でも奥義の教 えとしては盛平の示す方法と同じ突きが用いられる。合気道や形意拳の当身は、腕を伸ばす力で突くのではない。触れるように相手に接して、間合いの詰まる速さが、突きの威力となるのである。そうであるから物を打つ練習をする必要はない。大切なのは相手と自分が動くことによって生じた力(勢)を、 触れた部位に集約できるようにする「むすび」の力なのである。
こうした当身を用いるのには、相手の勢いがうまく利用できなければならない。それには入身が必要となる。そして、相手の攻撃しようとする勢いが、逆に相手への攻撃へと「転換」される。こうしたことは腕の力による当身では実現できない。

左右の設定がよく分かりませんが、『合気神髄』には、

左 - 正勝 - 豊雲野の神

右 - 吾勝 - 国の常立の神

という関係が示されているそうです。


どれだけ読んでも、植芝盛平先生の左右の解釈は理解できませんが、

「腕を伸ばす力で突くのではない。触れるように相手に接して、間合いの詰まる速さが、突きの威力となるのである」

「こうした当身を用いるのには、相手の勢いがうまく利用できなければならない。それには入身が必要となる。そして、相手の攻撃しようとする勢いが、逆に相手への攻撃へと「転換」される。こうしたことは腕の力による当身では実現できない」

という著者の解釈は、とてもよく分かります。


「触れるように相手に接して、間合いの詰まる速さが、突きの威力となる」は、入り身突きの要点と同じです。身体から突きが発射されるのではなく、手が先に触れて、身体が後から追突事故のように追いつくのです。



「相手の攻撃しようとする勢いが、逆に相手への攻撃へと「転換」される。こうしたことは腕の力による当身では実現できない」はタイミングと言ってしまえば簡単ですが、まるで腕で突いていない正面衝突のような入り身と当身は、開祖の武器取りの映像で見ることができます。

塩田剛三先生を含め、他の先生方の映像では、ほぼ確認することができません。先にあげた『発勁の秘伝と極意』では「躰捌きと同時に発し、拳と同躰となって当たっていきます」とありますが、開祖は体捌きというより大きな入り身とセットになった当身が特徴的です。



開祖の武器取りでの当身映像は、『植芝盛平 合気道の王座』や『植芝盛平と合気道 第6巻 合気道の心』に収録されている日本テレビ制作のドキュメンタリー『合気道』で見ることができます。

前者は1956年制作、後者は1961年制作と書いてありますが、どちらも同じものです。そして後者がたぶん完全版。


合気道の王座と植芝盛平と合気道第6巻


いずれにしても開祖は70歳代。武器取りだけではなく、槍の突きなど、激しく稽古されている様子を見ることができますよ。





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