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どうして演武の終わりを、腕拉ぎ十字固めにしたのか

October 25, 2019

 

10月5日土曜日に、第64回の養神館合気道演武大会が開催されました。

 

精晟会渋谷からも団体演武と指導者演武に出場させていただきました。あとから団体演武に出た人たちに話を聞くと、演武大会の緊張感がいいと言います。そう、普段の稽古で出来ていたことが、演武大会だと出来なかったり、ぎこちなくなったりします。

 

当たり前のことですが、そういうメンタル面の変化を自覚する機会というのは、あまりありません。よく武道では座禅を組んだりする話が出てきますが、平常時に平常な精神状態でいられるのは当たり前のこと。そうではなく、大きなストレスを受けたときにも平常心でいられるようになら、凄いことです。

 

でも本来武道では、緊急時にも、通常の精神状態ではなくても技が当たり前に出せることが必要なのではないかと思います。

万が一の状況に較べれば、演武大会の緊張など大したことはないと思いますが、それでも通常の稽古にはない経験が得られる機会なのですから、私自身の経験からも貴重だと思っています。

 

そう思いながらも、多くの人に見られ、師範方にもチェックされ、緊張するはずの指導者演武も、今年で四度目。

団体演武はうちの人たちは大丈夫か、間違えないかとなにかと緊張しますが、自分が演武することに、それほど緊張はありません。

 

なかったのですが、今回心の中は、演武の直前まで少しだけざわついていました。

 

 

 

【合気道と格闘技の融合を目指しているか!?】

 

開会式が始まる前、観客席でひとり荷物番をしていると、年配の男性がやってきて「渋谷の先生ですか?」と声をかけられました。

養神館の人でも何か武道をやられている風でもありません。関係者でもない人が、私のことを知っていることが驚きです。

今、お話いいですかと聞かれたので、隣に座ってもらいました。

 

するとその人は「間違ってたらすみません。先生は合気道と格闘技の融合を目指していらっしゃいますか?」とおっしゃいます。

いやまったく(笑)

何を見てそう思われました?と聞くと、HPを見てとのこと。多分、YouTubeなどSNSだと思いますが、私がこの年齢から、取っ組み合いとかどつき合いをするわけがない。あくまで合気道をやっているつもりですと答えました。

 

「でも塩田剛三先生の動きではないですよね」

いやあ塩田剛三先生の真似できたり、そんなに近づけるとは思ってないですから。素材だって体格だって違うんだから、違って当たり前。

「〇〇先生は、塩田剛三先生にそっくりですね」 

〇〇先生のことを言うのはおこがましいですが、全然ちがうと思いますよ。塩田剛三先生の演武をご覧になったことありますか? みたいなことで話は終わった。

 

 

まったく知らない人だとしたら、養神館の先生方のイメージだけなのか、塩田剛三先生のイメージだけなのか。何か大きな勘違いをされている。

外から見えて分かりやすいところで言うと、演武での塩田剛三先生は飛び跳ねられている。

養神館、あるいは養神館から出られた師範の方々で、飛び跳ねるような演武をされる方はいない。いや、おひとりだけ、オーストラリアのブリスベンで道場をやられている森師範は、飛び跳ねるところを見せられていますね。

 

見えるところだけでも、塩田剛三先生そっくりの演武をされる先生は皆無。と私は思います。

 

 

 

【基本はともかくとして、いろんな合気道があるはず】

 

ともあれこの人が私に格闘技うんぬんをおっしゃったのは、私が演武で絞め技とか寝技を使うからだろうなと推測しました。

 

そして今回の演武大会でも、指導者演武の最後に腕拉ぎ十字固めを使うことにしていたのです。

一般的には合気道どころか武道の技でもなく、イメージでプロレスや総合格闘技の技だと思われちゃうんだろうな。日本の昔からの柔術の技なのになぁ。

 

以前にも書きましたが、精晟会には寝技や絞め技があるんです。

養神館合気道 精晟会には、どうして寝技や絞め技があるのか

 

 

今回も腕拉ぎ十字固めなんか使ったら、ああいう人が増えるかもな。世の中には、やっている人でさえ、自分の知っている合気道のイメージだけで「合気道はこうだ」と決めつける人が多い。

合気道は第二次世界大戦前後に成立した現代武道なのに、その歴史さえ調べずに語る人がほとんどかもしれない。

 

今回私がやろうとしていた構成は、いろんな合気道があるんだよということを見せられるかな。

と思っていたのですが、格闘技なぁ。うーん

 

 

 

【優しい人と ひどい人の自由技で構成】

 

いつも演武では、ざっくりとしたテーマと終わり方を考えます。特に終わり方は悩むところで、師範の方々は、たいがい手を挙げて、受に終わりだと無言で告げられます。私は、自分が同じように終わるのは、僭越な気がしてちょっと抵抗があります。

 

抑えで終わるという方法もありますが、ハイテンポで演武していて、一ヶ条抑えや二ヶ条抑えだと、急にゆっくりになります。

それもなんだかなということでしょうか、精晟会の人たちの演武の終わりは四方投げが多いのです。興味があったら、観察してみてください。

 

実は私も受がふたり出てくれるときなら、ひとり目は四方投げで終わっています。

他流の人からしたら四方投げで? と疑問でしょうが、養神館の基本の四方投げは下まで受と一緒に落ち、抑えて当身です。

 

今回のふたり目、男性は腕拉ぎで終わろうと考えていました。

なぜかというと、やってみたかったのです(笑) 

60歳に手が届くところで、素早くやれるかなぁという、キレイに言うなら自分にとってのチャレンジですし。

 

もう少し深いところでいうと、小手返しなどで、仰向けに倒したところから回ってひっくり返すのは不合理だよなぁと昔から、なんとなく疑問だったのです。

合気道はうつ伏せに倒す。柔道や大東流など他の武道や格闘技ように仰向けで抑え込んだりしない。それは傷つけずに制圧するためだと、語られることが多いと思います。でもそんなうつ伏せなら大丈夫で、仰向けが傷つける危険性が高いなんてことがあるでしょうか。

 

 

『戦後合気道群雄伝』を読み返していたら、「うつ伏せに抑える仰向けに抑える。戦前・戦中の合気道には、この双方の技法が存在した」とあったのです。やっぱりなと思いました。

AIKI Tips

 

著者の加来耕三さんは著名な作家ですが、合気会の方です。

“うつ伏せにするのは「愛の武道」という、質的な変化であった”とありますが、どうでしょうか。倒したときに最も危険性が高いのは、後頭部を打つことです。愛があるとするために、仰向けに倒したものを、あえてうつ伏せにしたところで…

 

 

演武するのは自由技だから、小手返しで仰向けに倒し、一気に腕拉ぎに入ろう。そう決めていました。そこが最初です。

最後が腕拉ぎ十字固めなら、少し前からはパンパンパンと素早くやる。ゆっくりやってたら、腕拉ぎなんて極るわけがないし。

 

そうすると、前半は対照的にゆったりやろう。

ということから、優しい人と ひどい人という両極端な設定で演武をしようと考えました。優しい人というのは相手の流れと同調して、同じスピードでつながりを保ったまま崩す。 ひどい人というのは、流れに上乗せして強い力を瞬間的に加える。みたいな設定です。

 

 

 

【当ててしまった当身】

 

もともとがそういう設定だったのですが、格闘技うんぬんと言われたことで、前半はさらに優しくやろうと思ったのです。

終わってから前半を受けてもらった女性から「稽古より優しかったです」と言われました。

後半は、胸持ちの自由技だったのですが、最初に掌底の当身が、受の額にゴンと当たってしまい慌てました。狙っていたのが万が一のための額だったので良かったですが、もし鼻なら鼻血だけですむかどうか。

 

受けてくれたのは、そんなに緩い人ではありません。本気で当てようとしても当たる人ではありません。終わってから「なんでちゃんと止めないんだよ。焦ったわ」と怒ると、前半が「あまりに優しくて、つい油断してしまいました」と(笑) 

 

 

当身を当ててしまったところは、真後ろからで写っていませんが、まごついている感じはYouTubeの動画で見えるかと思います。

[精晟会渋谷の第64回養神館合気道演武大会]

 

 

 

 

 

 

 

 

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