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合気道の稽古で、ワンツーに対応する必要はある? それともない?

April 18, 2018

先日の稽古では、体験の方が6人でした。ちゃんと申し込みされて、やりとりした人が2人いらっしゃって、あと4人が来られました。そのうちおひとりが、事前に申し込みいただいていたのですが、こちらからの返信に応答がありませんでした。

後の三人はグループで申し込んだというのですが、明からにウソだろうと思っていました。体験の申し込みフォームは定員の設定があって、仮の申し込みでも定員になると「満員です。申し込みできません」と表示されるのです。もしスパムフィルターなどでメールが届かなくても、サーバーには残っていて表示されるのです。

 

ただその日は体験の方用に1時間取っていましたので、6人でもまあいいか。入口でもめているよりいいやと思ってしまったのです。

 

結果として、すごく後悔。他に有段者がいなかったこともあり、あと1時間の会員の稽古にも迷惑がかかりました。もう二度と明記している手続きを踏まない人は入れません。稽古に支障が出て、申しわけなかったですとお詫びしました。

 

というのは、こういうことがあったのです。

 

 

近接した間合いで、顔面への連打に安全に対応するには

 

女性から「どうして手を握ったりそんなことばっかりしてるんですか?」と言われました。というと?と聞き返すと「こうされたら、どうするんですか」と顔面にパンチを出してきます。本気で殴ろうという感じではないですが、拳もちゃんと作れているし、軌道もちゃんとストレートです。上半身の動きからして、ボクシングではなくてもボクササイズなどをしているのは明らかです。

 

私は右のパンチを捌きながら、後ろに入りました。後ろに入られるというのは、致命的です。だからゴルゴ13は後ろに立たれると、怒り狂うのです(笑)

真後ろにピタッとくっつけば、入り身投げもできるし、引き倒すことも、裸締め・チョークスリーパーもできます。型稽古として理合いを理解するなら、そこでこう対処するのですねで終了します。

 

 

ところが、この女性は納得しません。さらに連打してくるのです。合気道をバカにしているのかどうか、あるいは無邪気なだけかもしれませんが、いずれにせよここで合気道を体験しようというスタンスではないのでしょう。

私は下がりながらワンツーを払っていたのですが、ムカッとしたのかもしれません。鬱陶しいと思ったのは確かです。「こういう風に追い込まれてから対処するのはあり得ない」と言って、体を切り替えるようにまっすぐ入身して、左手でワンを払い流しながら右手で入り身突きし顔の寸前で止めました。

女性は「こわい!」と言って引き下がってくれました。

 

 

手を伸ばせば届くような近接間合いだから、相手から見えないように出した入り身突きです。

右のパンチを捌きながら、抱え込めるようにしていました。もし女性が反射的にスウェーして後ろに倒れても、倒れないように抱え込めたとは思います。だけど左のツーを踏み込んで来ていたら、それなりに顔に当たってしまったかもしれません。

 

 

 

受け身ができるかどうか、相手を知らないで対応すると

 

後ろに倒れるというのは、受け身を稽古していない人には恐ろしいことです。体験の最初に前と後ろに倒れる受け身を10回ずつやってもらいましたが、それぐらいでは体に染み付いてはいません。

私がやっていた硬式空手では指導者が組手でもつれて転倒し、手をついてしまい、腕を骨折したという事故がありました。知人でボクシングをやっている中年は、酔っぱらって転び、腸骨だかにヒビが入ったそうです。

 

どんな武道や格闘技をやっていたとしても、受け身は、受け身の稽古を継続的にやっていないと、とっさには出ません。ましてやクリンチのような状態から、もつれたまま倒れたとき、どう倒れたら安全なのか、私は知りません。手をつかまれたら、もつれて倒れる可能性もあります。

 

 

 

無事にすんだけれども、あれで良かったんだろうかと帰りの電車の中で考えました。

 

以前、空手の有段者で他流の合気道をやっている方が来られたとき、追い突きに入り身突きを軽く合わせたら、どどどっと後退して尻餅をついたのです。受け身を取れなかったし、スペースの端まで行ってしまって危なかったのです。

入り身突きは危険だけれども、じゃあ入り身突き以外に安全に、なおかつ相手に納得させるような方法はあっただろうかと考えたのです。

 

あの日体験者は、空手をやっている人、クラブマガをやっている人、直前にクラブマガを体験してきた人などがいたのです。女性が「どうして手を握ってばっかり?」と言い出す前には、一ヶ条抑えを見せていたら「抑えてお終いですか?」と聞く人がいたのです。

 

そのあとにワンツーする人が出てきたので、ボクシングジムに行って「蹴って来たらどうします?」と言いながら蹴ったり、総合とか柔術の道場に行って寝技をしてるところで「相手の仲間が襲って来たら?」と言うような流れです。悪意がなくても、かなり世間知らずで怖いもの知らずでしょう。

 

体験以外でなら、こういう人は世の中にいくらでもいます。それほど、あらゆる場合にどうするか経験したいなら、外人部隊にでも入って戦地に行けばいいのにと思います。

 

合気道の体験をするつもりのない人を、相手にするのが間違ってる。申し込みの手順を踏まない人を入れた、私が間違っていたのです。

 

 

 

合気道が、型稽古であることの意味

 

合気道の稽古の体験だから、私は合気道の制約の中で考えています。

制約がない場で、いきなりワンツーを出してきたら、がら空きの中段に前蹴りします。あるいは肘でパンチを受けたり、捌きながら脇の下にカギ突きします。稽古モードじゃなければ、反射的に反応してしまうと思います。

 

 

合気道の制約と書きましたが、塩田剛三先生は著書『合気道人生』の中で、こうおっしゃっています。

 

合気道は実戦を建前にしていますから、極端な言い方をすれば「技あって、無きに等しい」とも言えるのですが、それでは稽古が出来ませんので、実戦のあらゆる場面を想定して、いろいろの技を組み立ててあります。

 

 ※アマゾンには中古本しかないそうです

 

「技あって、無きに等しい」は、植芝盛平開祖のおっしゃった「武産合気」と同様の意味でしょう。技を産み出せばいいし、なんにでも対応できるはずだという思想なのでしょう。

でも稽古していないことはできません。

 

合気道の中で、フェイントやコンビネーションを想定した稽古をしている流派は稀でしょう。ワンツーなら、パンチを取って一ヶ条という展開も考えられますが、パンチはすぐ引き戻すものです。空手の突きだって、掴みありならすぐに引き戻すのです。

相手が70%のスピードなのに、こちらがフルスピードで動いて抑えても、たぶん納得する人は少ないでしょう。同じぐらいのスピードで動いても成立する理合いじゃなければ、型稽古にはなりません。

ワンツーに対して入り身突きで相手が驚いて引き下がったのも、私が急いだのではなく、驚かせるような体の使い方をしたからです。

 

実際のボクシングではワンツーどころか、フックアッパーと延々に続くでしょう。空手なら蹴りも入ってコンビネーションが数本は続くでしょう。捌いて捌いて対処なんてことではなく、先に入り身して止めにいくしかない。それには合気道だと、入り身突きしかないだろうなと私は思います。

 

それでは経験のない攻撃方法を研究して、対応を稽古しておかなくていいでしょうか。

 

 

 

前蹴りを投げ飛ばすと、どうなったか

 

私の所属する精晟会には以前書いたように、寝技や関節技があります。

養神館合気道 精晟会には、どうして寝技や絞め技があるのか

 

少なくともかつては多様に、技を生成化育する方向に行っていたのでしょう。それまでの型にない技や攻防に研究熱心な先生方が多かったことは、よくお聞きするところです。

私も師範の前で、前蹴りへの対処をやったことがあります。双方とも剣で、剣の中段への突きだったらこういうなるのでは、という受け方で前へ出ながら脚をすくい、屈伸するようにポイと上方向に放り投げたのです。

 

すると相手が後頭部を触りながら起き上がってきたのです。私はもうビックリして。その相手は、少なくとも私が知っている他流を含め、何百人という合気道をやっている人の中で最も受け身が上手な人だったのです。

通常の投げられ方と角度や高さが違うからでしょうか。

 

ともかく相手が上手だからと、過信するのは危険です。もし私がこのやり方で投げられたらと後から想像してみると、事故が起こっていたかもと思いました。

仕手も受けも両方を経験した人たちが何十人何百人もいて、そこで起こった事故なども含め、歴史が検証していないやり方を試すのはリスクが大きすぎます。

 

正面打ちや横面打ち、正面突きや顔面突き、片手持ちや両手持ちなど合気道には稽古する条件設定があります。設定にない新しいことを試したいなら、個人でリスクを背負って、やってみるしかありません。

 

 

 

複数の矛盾する技術体系を身につけられる人は、そんなにいない

 

現実問題として、合気道の技を覚え、動きを体に染み込ませ、さまざまな体格の相手に効かせるだけの技量を体得できる人は、どれぐらいいるでしょう。まだ山の裾野なのに、他の山々に目移りしていたら、どこにも登ることはできないですよね。

体の使い方、技術体系は、ほとんどの格技で矛盾するのです。例えばボクシングでキックをやりだせば、間合いが変わります。

 

私は道場や教室で、自分の所属する団体にない技を稽古したり、他の技術を取り入れたりする必要はないと思います。

 

型稽古であるのは、なにより安全に稽古するためです。

塩田剛三先生は、『続 植芝盛平と合気道』という本の中で、養神館の指導方法はどうやって開発されたかという問いに、「植芝先生の場合、今日やるのと明日やるのがぜんぜん違う。基本などというものはないんです」「しかし、いま初めて来た連中にそのように教えていたのでは誰も覚えない」 だから教わった技を分析し、この技の応用は、これだという風に系統立てて総合的に作っていったと答えられています。

 

 私は他流の合気道や、他の武道の経験を踏まえても、養神館の構えや基本動作など稽古方法は上達する早道だし、技術体系もとても優れている。何より安全に稽古できると思っています。

いくら安全でも当身など危険な部分も、他の合気道と較べてもしっかり残しているから、気を抜かずに稽古する必要があります。

 

受けが安全に受けられないことは、稽古ではやらない。

それ以外のところを、もしやりたければ自分で他に習いにいく。求められてもやらない。

 

 

 

合気道が希有な存在であるところ

 

私は全盛期のホイス・グレイシーに、インタビューしたことがあります。現在の総合格闘技の流れを作ったUFCで三度優勝したホイスが、何でもありで強かったのことは世界的に認められているところでしょう。

 

インタビューしたのは、日本でも大晦日のメインイベンターとして登場していた頃のことです。12月で大晦日に向けての稽古直後のことでした。裸の上半身からは、湯気が立ち上っています。

私はそのとき、視線が合っただけで「ひっ 殺される」と感じました(笑) 

普段どういう人かは分かりませんが、練習直後の目は、冗談ではなくてそれほどの冷たさとオーラをまとっていました。

私がビビっただけなのかもしれませんが、何でもありで強いとは、こういうことなんだろうなと思ったのです。

 

格闘技そして多くの武道競技は、精神的肉体的なリミッターを外し、アドレナリンを噴出させることが必須になっているものがほとんどです。

しかし合気道は、その対極にあります。プロでもないし、試合で勝つことでも、相手をやっつけることが目的でもないのです。いつでも平常心を保てるかどうか。強くなきゃいけないけれども、それは負けないということで、冷静さと正気を保つことが必要なんだと私は思っています。じゃないとお互いに、安全に稽古できませんから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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