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合気道を理解するために役立つ知識や名言、歴史上のエピソードを、信頼度が高く、また再版されていない書籍などから引用してデータベースにしました。

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【著作権者の方へ】引用の範囲を逸脱していると考えられる場合はデータから削除いたしますので、お手数ですが、下のお問い合わせからご連絡をお願いします。

合気道修行

集中力

合気道修行

塩田剛三

79

いわば、集中力とは、中心力の極限だと考えてもいいでしょう。 (中略) 集中力を生み出すコツは、足の親指にあります。これを鍛えてグッと床にかませます。すると、腰にビーンと力が入って強くなる。このビーンとくる感覚がわかるようにならないといけません。 その力に、今度は膝のバネで加速をつけます。これらの動きが一致すると、技に大きな威力が生まれるのです。 それほど大切な足の親指を鍛えるためには、何よりも座り技の稽古に励むことです。座り技で親指が強化されれば、立技がどんどん威力を増してくるはずです。植芝先生も、足の親指はとても鍛えていました。 以前、プロレスリングの前田日明選手が、二度ほどうちの道場に訪れ ときにこの話をしたら、感じるところがあったようで、そのあと膝の屈伸運動(スクワット)をやるときに、親指に力を入れるようにしたと言っていました。

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合気道修行

痛くなくても倒れる

合気道修行

塩田剛三

70

重要なのは、痛めつける技には限界があるということです。相手が素人なら、ちょっと手首をひねってやるだけで事はすむかもしれませんが、なんらかの修行を積んだ人ならそういうわけにはいきません。関節の逆を取ったからといって勝てるわけではなく、それどころか技を仕掛けることさえ至難の技なのです。では、どうするのか。 結局は、相手を無力にするしかないのです。こらえようとしてもこらえられない状態を作る、あるいはこらえた力をはずしてしまう、そういう操作ができるように目指しているわけです。 「私の演武を見て、受けを取っている弟子たちが関節をきめられてさぞ痛いでしょうと心配してくれる人がいます。しかし、そんなことはありません。彼らは痛くないのです。内弟子として鍛えている連中の手首をいくら逆にきめようとしても、そうそう簡単にきまりはしません。力では私のような年寄りより彼らの方が上なのです。それに彼らは逃げ方も充分に知っています。「それでも私は彼らを二ヶ条の技で崩します。これは痛いからではありま せん。こらえようとしてもこらえられない方向へ私が攻めているから痛くなくても相手が崩れる。そこに合気道の本質があります。関節技の稽古はそこに至るための入門第一歩だと考えてください。いつまでも稽古相手を痛がらせて喜んでいるようでは、永遠に合気道の高みに到達することはできません。

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合気道修行

合気道の本質

合気道修行

塩田剛三

69

合気道というものの本質を考えたとき、関節をギュウギュウと締めつけて相手を負かすなどということは、初歩も初歩、きわめて低次元のことだと思うのです。 だいいち、関節技も形があってないようなものです。基本技の中では一ヶ条から四ヶ条に代表されるように、いくつかの分類をされていますが、これも投技と同じで、つきつめていけば形など関係ありません。たとえば、三ヶ条できめてやろうと思って無理にそこへ持っていっても 味がないわけです。それによって勝負の決まり手が「三ヶ条」ということになっても、合気道の本質からきわめてかけ離れた闘い方だと言わなければなりません。 (中略) わざわざ難しい技に持っていく必要はありません。

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日本伝大東流合気柔術2 合気柔術編

脱力の事

日本伝大東流合気柔術2 合気柔術編

菅沢恒元

68

脱力とは力を抜くことだが、日本伝統の柔術(やわら)においてはそれほど単純なことではない。これまでも幾度か述べたように、古流柔術の各流各派においても名人達人と呼ばれた者は、すべて無理のない動きを会得していたはずである。さらに柔術を始めとする武芸十八般においてはもとより、茶の湯や生け花など諸芸一流の指導者もまた、ごく自然の所作のうちに無駄な力が抜けていたことだろう。したがって、後人の我々が、ただだらりと肩や腕の力を抜けばよいというような簡単なことではなく、修行を重ねた上で以心伝心にこの道に至るものと考える。

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高岡英夫の極意要談

中心線の力

高岡英夫の極意要談

高岡英夫

64

(塩田剛三)一番大事なのは先ほど申し上げた点です。植芝先生は呼吸力呼吸力と言っておられたんですが、これは結局私が分解したところによりますと集中力即ち中心線の力。これはあらゆるスポーツに通じると思うんですけど、中心線の強さ、ぶれないということこれが やっぱり大事ですね。これが難しいことでぶれないようにしようしようとするとぶれるんですね。だから、それが自然に行われるような自分の足腰を鍛え上げて作り上げていく。それが出来れば、どんな格好しても構わない訳なんです。植芝先生は何やらブラブラしているんですが、(動きが)ちゃんと生きている。そして、いざとなったときはスパッと変わってしまうんです。

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正中線の攻防

合気道競技

成山哲郎監 大森竜一・成山哲也

54

昔の剣術である撃剣の頃の試合は、鍔迫り合いが休むところではなく、一瞬でも気を抜けば一気に体当たりで突き飛ばされて、面を外されれば負けとなることを紹介され、体当たりの呼吸で相手の一瞬の気の緩み、体の固着を捉えて押し崩すことが、この正中線の防御の意味であると説明されています。 上体を起こして正しい姿勢で構えていれば、相手が殴ろう、蹴ろうとした瞬間に、目付けで相手の攻撃動作の起こりを捉え、重心を下げながら移動することで相手の攻撃を無効にし、更に崩すことが可能となり(柔道原理)、その勝機の捉え方が正に「鍔迫り合い(鍔競合い)からの体当たりの呼吸」(剣道原理)なのです。これまでの説明のとおり、柔道、剣道両方の理合いがこの稽古には生かされています。

武道家のこたえ/斉藤守弘先生に聞く

まず固い技

武道家のこたえ/斉藤守弘先生に聞く

柳川昌弘

45

私共はやっぱりまず固い技を基本にしまして、それから流れるような技になってから触らせないうちに倒すというような段階的なやり方です。流れるような技は三段以上であって、ですから初めは固い技の稽古ばかりやらされたんですが、今東京では流れる稽古が主体になっている。 東京では力を入れると叱られるんです。そこが違うんです。しっかり持ちなさいって、掴み技でもしっかり持ってやるように教えられたんですね。 それから開祖が常に剣も体術も動きは一つということを強く教えられたんです。

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対談 発勁の秘伝と極意

姿勢、身勢から発する力

対談 発勁の秘伝と極意

笠尾恭二・平上信行

43

笠尾:柔術當身法の基本は姿勢、身勢から発する力と言えば、中国拳法では三尖相照や六合の教えと対応しましょうか。これももとは槍術の極意だったと思いますが、形意拳では重視されている口訣です。私も王樹金先生からご教示いただいたことがあります。 平上:三尖相照... 鼻と拳先、爪先を合わせるということですね。これは中国拳法におけるなかなか良い教えです。柔術でも同じですが、日本武道の用語で言えばやはり三角矩ということでし ょうね。先般居合の例として挙げましたが、柔術でも多少の意味合いを変えて使われる大変に味わい深い良い言葉です。 それはともかく日本柔術を投げや逆手主体の格闘技のようにとらえる向きもありますが、部分的な當身の鍛練を行わないから當身稽古が少ないのかと言えばそれは決してそうではない。故塩田剛三師範は生前、合気道の足捌き、体捌きの全てが既に當身の稽古につながっていると述べておられますが古伝の日本柔術も同じ見地に立つものであります。 笠尾:強力な當身を発するためには安定した姿勢と拳打の角度、そして排捌きによって瞬間的な力を発するということですね。私も塩田師範が実戦的な対人演武の中で、手先だけではなく、からだのどこからでも瞬発的な気力を発して相手を倒す場面を見たことがあります。當身の極致を身をもって描いたものと言えましょうか、実に迫力がありましたね。

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合気道教室

合気道の理論化、体系化

合気道教室

志々田文明・成山哲郎

42

植芝盛平の合気道指導は、理論的な体系に基づいて系統的になされるという種類のものではありませんでしたから、その技法習得のためには、弟子のほうで反省工夫し、頭を働かせねばなりませんでした。この方面でもっとも進んでいたのは,富木謙治(大正14年入門)でした。富木は研究者(戦前戦後に大学教授)として、戦前から合気道の理論化、体系化に腐心し、昭和8年の『武道練習』(植芝盛平著)の編集とりまとめに携わるのをはじめ「合気武術教程」(同12年)、「体術教程」(同18年,陸軍憲 兵学校テキスト)などの執筆にあたり、独自に教育体系をつくりました。 (中略) 元来、武田惣角の技法には名称がありませんから、植芝盛平の技法にも名称は付されていませんでした(『武道練習』にも「合気武術教程」にも技の名称はありません)。技に最初に名称を付したのは富木謙治で,富木は昭和15年ころにはすでに「甲手捻り」(小手捻り、第三か条あるいは第三教)、「甲手返し」(小手返し)、「甲手廻し」(逆手取り小手捻り、小手回し、第二か条あるいは第二教)、「押倒」(腕おさえ、第一教)などの言葉を著書『合気武道』(戦前の書、関係者が北海道で刊行)のなかで使用しています。 (中略) その後現在に至るまで、多くの指導者が、それぞれ著書において合気道の紹介をしていますが、技に名称がなく、むしろ「わからないように」教えられた(つまり、身体で覚えることを教えられた)富木など昔の人々の苦労を考えますと、「解説書」や「入門書」の出版は、合気道界においてたいへん意義あることであったといえます。

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合気道教室

半身について

合気道教室

志々田文明・成山哲郎

36

富木謙治先生はこのことについて、つぎのように教えを残されています。「半身は、無構えでいる人間が、相手に入身して接近、あるいは技をかけるときに有効になります。最初から極端な半身に構えることはよくありません」 指導に立つ人が初心者に教える場合には、もちろん左右の構えあるいは半身の重要性を強調しなくてはなりませんが、その相対性についても理解させたいものです。武道として合気道を考えるときは、無構え、右構え(半身)、左構え(半身)は三位一体としてとらえる必要があります。

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中心力の時代

武術的な合気道

中心力の時代

安藤毎夫

34

普通の武道や格闘技であると、体が小さいことが不利になる。しかし、塩田館長は、154センチと体の小さい方だが、それでも圧倒的な実力がある。ということは、どのような人でも動き方、体捌きを知っていれば戦える、しかも勝つことが出来るということだ。武道でも格闘技でもない、人々が誰でも持っている「武術的な」身のこなしができればいいのだ。 武術というのは、実際触れ合った時というのが勝負である。面と打ったその瞬間に勝負が決まっているのである。 (中略) 武術的な要素にばかり目が行くことも問題があるが、この要素をいつも忘れてしまっていることも問題だ。今、伸び悩んでいる人、毎日の稽古に刺激が欲しい人は、ぜひ武術的な合気道にチャレンジしていただきたい。

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開祖 植芝盛平の合気道

鳥船

開祖 植芝盛平の合気道

大宮司郎

31

合気道では、練習を始める前に行なわれるいくつかの準備運動がある。その中核をなしているのが、鳥船(合気道においては舟漕ぎ運動と呼ばれる)と呼ばれる運動と振魂と呼ばれる運動である。あとで詳しく合気道各派のやりかたを説明するが、簡単にいってしまえば、鳥船とは船を漕ぐような動作、振魂とは両手を組み合わせて上下に振る動作である。これは現在の神社神道界で行なわれている楔の神事(祓い、襖、振魂、雄健、雄詰、伊吹からなる) の一部分をなすものである。 先に見たように、植芝翁は合気道を禊の業であると繰り返し述べているが、まさに合気道のの技法を錬磨するその前段階に実際に楔の神事を取り入れているのである。

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返し技について

AikiNews NO.135/岩間に伝わる開祖の合気道

- 斉藤仁弘

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返し技についてよく聞かれるのですが、本来返し技というのは、相手の体勢があまり崩れてないからできるものなのです。技がきちんときまれば、相手が完全に崩れていますから、返し技など発生しません。 (中略) それから相手がふんばっているときというのは、反対側にはどんどん弱くなっているんです。技というのは逃げる人にはかかりません。向ってくるから、技が生まれる。逃げれば何もおこらない。だから平和でいいと、大先生は言われます。

合気道 呼吸力の鍛錬

気力

合気道 呼吸力の鍛錬

井上強一

23

たとえば、体の変更(二)は前進運動ではなく力を流す操作であるだけに、心も体も受身になったり、相手をすかすような気持ちで行ってしまいがちだ。相手からもらった力を全部こちらの力として生かし切って発揮するという意識が弱くなりがちである。 そのため塩田宗家はよく、「自分の指先から出て行った気が、地球を一周して自分の尻にぶつかるぐらいの気力を出せ」と、命じていた。回転してから静止し、まさに力が指先から無限にほとばしるつもりで、姿勢を維持し続けるのである。

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合気道の解

腰が要

合気道の解

安藤毎夫

14

腰の力が上半身と下半身をつなぐ。まさしく人体の要なのだ。腰の力のポイントは、足にある。足の形が決まらないと、腰に力が入らない。 例えば後ろ足を縦にすると、不安定になるばかりではなく、腰に力が入らなくなる。腰の安定がなくなる。この足の形はクラシックバレーの足の形と同じである。バランスをとり、安定した体勢を作る重要性は、古今東西同じものである。

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合気道教範

半身半立ち技

合気道教範

植芝吉祥丸

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座り技の鍛錬をさらに完全なものにするため、立って攻撃する相手を自在にあつかえる半身半立ちの鍛錬法がある。名称について「半立ち技」だけでいいのではないかという意見もあるが、あえて「半身半立ち技」としたのは次の理由による。 ​ 合気道技法は半身の態勢で相手に対し、相手をさばくことが原理である。自分が半立ち状態のときに、相手が立って攻撃してくるとそのハンデキャップは大きい。その場合、あくまでも原理を守ることに忠実でなくてはハンデキャップを破って相手を倒すことはできない。そのような意味を込めて「半身半立ち技」と名づけられた。

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