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合気道を理解するために役立つ知識や名言、歴史上のエピソードを、信頼度が高く、また再版されていない書籍などから引用してデータベースにしました。

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中村天風と植芝盛平 氣の確立

勘違いしている

中村天風と植芝盛平 氣の確立

藤平光一

50

ところが世間の人々は、氣にはそういうオールマイティーな、超能力のような万能の力があると勘違いしている(というより、願っている)。 もしも私がぐっとにらんだだけで飛ぶ鳥も落ちるというのなら、それこそ猟師も鉄砲も要らないだろう。 かつて、走ってくる車にえいっと氣を入れてパンクさせる、という人物がアメリカにいた。彼は後に私に弟子入りしてきたのだが、私はすかさず言った。 「おまえのその程度の氣で、車がパンクするわけなどないだろう。いったい何をやったんだ?」 「いえ、先生、手品の種は絶対に人には明かせないことになっているんです」「いや、それはわかった。確かに、種明かしをしたんじゃ手品にならない。しかし、私は絶対に言わないから教えろ」 すると彼が言うには、まず、タイヤの中心までピンを刺しておくと、ピンが入っている からタイヤはパンクしない。しかし、車が走り出せばタイヤのピンが抜ける。そうすると、穴があくからパーンとなる。なんとも当たり前の話だ。もちろん、走り出してからどれぐらいの時間でピンが抜け、パンクの音がするのかはき ちんと実験で確かめてある。 あとはちょうどいい頃合いに、「えいっ」とやればいい。 本当に、なんともばかばかしい話であるが、超能力の類いにしても、ほとんどはこんな ものだろう。もう三十年も前の話で時効だから、そろそろ種明かしをしてもいいころだと 思い、ここに書く。ところが困ったことに、いまだに日本でも同じようなことをやっている者がいる。

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合気道「抜き」と「呼吸力」の極意

気配

合気道「抜き」と「呼吸力」の極意

井上強一

33

植芝盛平先生の稽古で、木刀を持たせた相手に打ち込ませるということを行っていました。塩田剛三先生は、「自分にもやらせてください」と言って木刀を持って打ち込んだのだそうです。そうしたら植芝先生は難なく左へとかわしました。もう一度、正面に打ち込んだら、再び左へかわされたそうです。そこで、塩田先生は「正面に打つと見せかけて左へ打ち込んでやろう」と思って打ち込んだそうです。そうしたら、驚くことに植芝先生は動かなかったそうです。 (中略) 私はこの話が最も重要だと思います。 植芝先生と塩田先生が、大本教の本部にある大きな庭を歩いていたときのことです。木の枝が落ちてきて、植芝先生の頭に当たりました。普段から、気配を読まれる体験をしている塩田先生が不思議がっていたところ、植芝先生はこう言われたそうです。 「だって自然に落ちてきたんだから、避けられるはずがないよ」

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合気道の解

気を外す

合気道の解

安藤毎夫

13

塩田先生の前に立つと、塩田先生は集中力の説明をし始めた。「指一本でも力が集中すれば…」と言って近づいてきた。例の人差し指で喉を突く技を見せるつもりらしい。「ようし突いてきたら、避けてやろう」と待ち構えた。この時は何故か避ける自信があったのである。普段は完全に緊張して固まっていたが、この時だけは違った。突ける間合いに来たが突いてこない。一瞬私の眼を見て何か感じたらしい。塩田先生は顔を葉梨自治大臣の方に向け合気道の説明を再びし始めた。 「おや」と思ってこちらの気持ちが一瞬途切れた瞬間、振り向きざまに突いてきた。「あっ」と思って、点・点・点・と塩田先生の突き出された人差し指を見ながら受け身をとった。先生の突きはスローモーションに見えた。自分で言うのも何だが、素晴しい後方飛躍受け身だった。 塩田先生は私の眼を見て、今突くとかわされると読んだようだ。そこで気を外し、振り向きざまに突いてきたのだ。

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中村天風と植芝盛平 氣の確立

剣術と氣

中村天風と植芝盛平 氣の確立

藤平光一

57

軍隊に入る前、私は杖術を植芝盛平先生から教わっていた。といっても、せいぜい一週間程度のこと。決してみっちりと修行したわけではなかったが、要はいかに氣を剣に活かすかということである。 ところが予備士官学校には剣道三段や四段の人間がごろごろといて、いざ稽古を挑んで みると、こてんぱんに叩かれてしまう。相手は、おまえの剣道はおかしいと笑っている。「それで私は必死に考えた。彼らは毎日剣道の稽古をしてきた。高段者だし、予備士官学校でも剣道の時間がある。だとしたら、まともに剣道で相手をしたのでは相手になるはずがない。しかも、頼みの綱の植芝先生の杖も役に立たないではないか。いったいどうしたらいいのだろうか? そこで、よし、どうせやるなら、自分流の剣法を試してみようと思った。 それはこうだ。 相手と対峙し、相手をゆっくりと打つ。向こうは当然、パーンと私の剣を払うだろう。 しかし、このとき私はリラックスをし、力を抜いているようにするのである。すると、いくら払われても、氣が出ている私の剣はすぐに元の構えに戻ってくる。 相手は高段者だから、それこそ得意になって私の剣を払った。だが、払っても私の剣は すぐに元どおりの構えになっている。異様な事態にうろたえる相手をしりめに、私は息も つかせぬ勢いで相手を叩き始める。 もちろんこれは、正統な剣道の技術ではない。技術でかなわないのなら、とにかく氣で勝ってしまおうというのが狙いである。 結局、剣道家がぽかぽかと素人の私に叩かれるまま、何もできない。そのうちに竹刀が折れてしまったのでやめると、相手は脳貧血を起こしてひっくり返ってしまった。それからというもの、誰も私の剣道の相手をしなくなった。

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植芝盛平と合気道/開祖を語る19人の弟子たち

気の修行

植芝盛平と合気道/開祖を語る19人の弟子たち

- 塩田剛三

11

義経が修行したという盆地がありまして、よく先生は夜中に起きて、月の出ていない闇の中、これからそこへ稽古に行こうとおっしゃるのです。真っ暗なのですが、先生は夜でも猫みたいに目がよく見えるんです。その時は相撲取りの天龍さんも私と一緒でした。 (中略) 盆地のてっぺんに来て、皆で真剣を差すわけです。白い鉢巻をしてね。そして先生が自分に打ち込んでこいと言うんですよ。これがいわゆる気の修行ですね。そしてパーッとこちらが打ち込んで行くと、先生はさっと避けて、今度はこっちに打ち込んでくるわけです。その剣先がちょうど白い鉢巻のここら辺にに来るのですよ。真っ暗だからよく分からないが、その剣先だけが、ポッと白く見えるんです。剣風というのですか、あれがふわっと感じられる。本当に厳しいんですよ、それも朝と夜、たくあん二切れとお粥しか食べてないですからね。

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